今までの自分と、今考えていること

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おかげさまで、独立して6年ともなると、最近知り合った人にとっては、もともと念珠屋さんというイメージがあって、意外と僕自身のことを知らない人も増えてきたように思います。そこで、急に思いついたのですが、時々、とりとめもないエッセイ的な投稿があっても面白いと思いました。

出身は札幌市で、小学校時代は苫小牧市、大学時代は北見市、札幌に戻って就職し、現在は江別市。いずれにしてもずっと北海道です。
工学部の電気科出身で、プログラマーなんぞやっておりましたが、性に合わず辞めてしまいました。その後、縁あって仏具店に就職し、初めて身内の葬式以外でお寺と係ることになります。勉強するごとに仕事というより、仏教自体に魅かれていきますが、肝心な生活の糧である仕事の方は、精神的にもしんどくなってしまいとうとう退社しました。
もう、別な業界で生きていこうと思っていたのですが、結局ずるずるとお付き合いのお寺の御世話になってしまい、今に至ります。
「独立して一旗あげてやるぜ!」というタイプの方と違い、お寺さんや仕入れ先の職人さんたちに押されて、導かれるようにして続けてしまったというのが正直なところです。

たまに、「成功されてすごいですね」等とほめてくださる方もいます。しかし、成功したとも思っていないし、何をもって成功というのかもわかりません。儲かって生活が楽になる軌道に乗ったことが成功であるなら、とても成功してるとは言えませんし、成功をめざしているわけでもありません。
ただ、開業届を書きながら、漠然と「十年は修行」と勝手に決めました。特に理由はありませんが、なんとなく十年です。よく師匠が弟子に向かって「十年早いわ!」なんていう言い回しがあるくらいですから、師匠はいないけど十年は修行かなと思っているくらいです。

念珠屋として開業する前に、どこにも就職できず、世間を恨んだというか、世間に捨てられたという感覚を覚えました。転職と年齢は履歴書を汚し、人を「スペック」で判断すれば採用する理由はないという企業側の言い分は、わざわざ言われなくてもよくわかります。

おかげ様で、強くなりました。そして、しなやかになりました。
お金に執着しなくなりました。凡人がお金をたくさん稼ぐには、餓鬼となり畜生となってこの世を地獄のように生きていかなければいけません。
頼られるということは、どんなにうれしいことか。「わりに合う」かどうかで判断すると、ほとんど仕事は割に合わないので苦しみの原因になります。喜んで引き受けた仕事なので、さぼらなくなりました。でも、オーバーヒートするほど頑張らなくなりました。
健康になりました。ストレスはどんな毒物より深刻です。病院にいって「ストレスですね」と言われたら、医者の範疇ではないと言われたも同然です。
十年以上止まらなかった咳が止まりました。気分がいいのでここ数年は体を鍛えています。なんとなくやっていたウェイトトレーニングを近年は理論から勉強してメニューを組んでいます。イライラや悲しくなったりすることが減りました。毎日たくさん笑って過ごしています。雪直前のこの季節、子ども達と一緒に畑の大根を抜き、干して漬物の準備をする生活はなかなか悪くないです。

比叡山の千日回峰行も、前半は自利行、堂入り後の300日は利他行ということですから、自営業という修行道もそろそろ利他行に入ってもいいのかなと思っています。今までは、自分をコントロールするのに必死でした。もちろんいつになっても自己が完成することはありませんが、しがみつくところもなく振り回されていた若いころと違い、少しは自分と向き合える術を得ました。心のふり幅が小さくなると反比例して幸福度が大きくなることを実感します。ああ、このふり幅が完全に静止した状態が涅槃ということなのだろうか。

今年もあとわずかですね。おかげさまの繁忙期で、お待たせ中の仕事も溢れていますが、今年の仕事は今年のうちに片づけて、また来年は新しいチャレンジも考えています。このワクワクを皆様に還元していけるかどうかはわかりませんが、どうぞお楽しみに、今後ともよろしくお付き合いください。

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