数珠は竜巻を起こすか?

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念珠の効果はあるか?

「そんなものあるわけないでしょう!」と一言で返すのはあまりに雑な対応と、最近は思っています。

「プラセボ効果」とも言われるように、「効果がある」と言われたら精神的に前向きになれることで、結果的には健康になったり仕事が上手くいったりすることはあるかもしれないとも思います。

もう少しないだろうか、ということで、近頃、「縁起」というものを改めて考えています。

といっても、俗に言う「こいつぁは春から縁起がいいわい」の縁起ではありません。仏教用語としての縁起です。

あらゆるものは、お互いの関係によってなりたっている

ブッダが説いた縁起とはなにかを語り始めたら本一冊できてしまうので、ブログではそこまで書きませんが、一言で言ってしまえば、「単独で絶対的な存在など何もない」ということです。

例えば、自分は自分、間違いなくここにいると思い込んでいます。ところが、僕の場合で考えると、家族の中ではお父さん、実家に帰れば息子、お寺に行けば念珠屋さん、自分が買い物に行けばお客さん。

そのように考えていくと、絶対的な立場はありません。
「人間だし、男だし」といったって、それは、人間以外の動物がいるから人間という区別をしているし、 その人間という種類の生き物に男女という性別があるから自分は男性に分類されているだけです。カタツムリのように性別がなければ雄雌という区別をしません。

ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?

「バタフライ・エフェクト」後半が訳されてバタフライ効果とも言われます。カオス理論とか、はた面倒くさい話になりそうなので、こちらも縁起と同様深くは語りません。

ブラジルの蝶が羽ばたいた場合、わずかに蝶の周りの空気が動きます。その動作がまったく他に影響を与えず単独で完結することはありません。その動きに連動してさらに周りの空気が動きます。微妙に気圧が変わり、微妙に温度が変わる。そういったことを繰り返して他のあらゆる原因と相まってさらに大きな動きとなり、最終的にはテキサスで竜巻を起こすかという話です。

この言葉を初めて聞いたときに、まるで仏教でいうところの因果の繰り返し、縁起の話みたいだなと思ったわけです。

良い念珠を選ぶということ

例えば、ある人が念珠を購入しようと、真剣に選んでいるとしましょう。

健康の事だったり、人間関係の事だったり、なにか不安なことがあって「効果(ご利益)がある数珠はどれですか?」というお客さんは実際のところ多いです。

残念ながら、どんな高価な天然石や銘木でも、直接的に問題解決してくれることはありません。

しかし、「そろそろちゃんとした念珠を用意しなきゃ」という、ほんの小さな気持ちの動きが、天然石や銘木を手に取って念珠を選ぶように行動し、自分の事を考え、大切な誰かのことを想います。

そして、念珠を大切に扱うようになります。手に掛け、合わさらなかった掌(てのひら)が合うようになります。下がらなかった頭が下がるようになります。

心が育つと、好きな人やものが増えて、それらが集まってきます。嫌いな人やものにも、憎しみや怒りが減ってきます。さらに良い原因を呼び込んでくるものです。

いつしか念珠を持った人は、本当に幸せになってしまうかもしれないし、いろんなことが上手くいくかもしれません。
もっというと、その人の愛する人も、友人も、地域の人も幸せにしてしまうかもしれません。

まさに、蝶の羽ばたきが竜巻を起こすがごとくです。

「幸福の念珠」と「地獄の火車」

「火の車 作る大工は あらねども 己が作りて 己が乗り行く」という古歌があります。地獄に向かうよう仕向けているのはまさに自分自身でありましたと気づかされるようなドキっとする古歌です。

「幸福の念珠」を作る念珠屋はいませんが、皆さん自身がが作って、皆さん自身の手に掛けてください。本当に幸福がおとずれるのか、はたまた「よくよく思い返せばこんなに幸せな自分でありました」気づくことができるのか。その小さな心がけは、自分だけでなく、いつか多くの人を幸せにするかもしれませんね。

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