念珠が無料でもらえる?その深意とは。(後編)

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引き続きありがとうございます。

念珠がなぜ無料でもらえるのか。そのプロジェクトに掛ける想いを、前半ではかなり引っ張って、仏教の話からきっかけを与えてくれたクリス・アンダーソン氏の話まで書きました。

前半部分が気になる方は、こちらも↓お読みください。

念珠が無料でもらえる?その深意とは。(前編)

この(後編)では、いよいよ具体的な念珠の話を書いていきます。

念珠が無料になる?

モノの値段

あらゆるものが流通する際に、値段はどうやって決まっているのでしょうか。ビール一杯でも、家で飲む缶ビール、居酒屋で飲むビール、ホテルのバーで飲むビールではずいぶん値段が違います。

値段とはモノに対する絶対的な価値基準ではなく、サービス等の付加価値もあるでしょうし、一般には需要と供給の関係でバランスが取れていると言われています。

念珠の値段

念珠の値段はどうでしょうか。全体的に見れば、一世代前と比べてずいぶん安くなっていると思います。

安くなった理由というのも、複雑な要素が絡み合っています。

原材料の採掘コストが下がった、流通コストが下がった、世間の需要が無くなった、インターネットの普及などにより言い値で念珠が売れなくなった・・等など色々考えられます。

安かろう悪かろうで十分

その結果、一般の方はどういう感覚かというと、念珠など必要ないという方も増え、習慣的に形だけでもあったほうがいいと思っている方にとっては、粗悪品でも安く済むにこしたことはないとなります。

各100円ショップに念珠が登場して以来気になって見ていますが、そのラインナップが年々増えているところを見ると、けっこう需要があるのだと思います。

いっそのこと、無料にできないか?

試食や試供品、無料体験なんというのもあると思いますが、念珠が無料なんて考えた人は居ないと思います。

もし、無料配布によって念珠を使う方の裾野が広がれば、その中の一定数の方は、仏教に少しでも近づけるかもしれないということを考えたのです。

そうはいっても通常商品にしているものは、いくら安くてもタダで配り続けることはできません。

そこで考えたのが、古い念珠の回収です。

眠っている念珠は、日本中にかなりある

使われずに仏壇の引出などにしまってある念珠、壊れてしまった念珠等です。

これをどうしているかというと、多くの方がどうして良いか分からず困っているんです。

数珠供養とか、お焚き上げという方法もありますが、多くの方にとっては遠い世界のことで、自分で調べて問い合わせてなんとか処分しようという事には至りません。ましてや、無神経にこみ箱にポイってわけにもいきません。(じつはこのあたりが、念珠が秘めている凄い力だと感じています。)

これらを回収して最小限の手を加えて使えるようにできたら、無料でお渡し出来るようになると考えたのです。

念珠が持つ力

念珠が何をしてくれるというのか

パワーストーンが好きな方には申し訳ないですが、石が持っている力がお金を集めたり、病気を治療することは、僕にはわからない世界です。
でも、それはまさに悪魔の証明と同じ話で、きっと高次元の世界が見える人にとっては、ある事なんだろうと思います。

ただし、念珠屋をやっていると実際に力を発揮している現場は実際に目の当たりにします。

『不要な念珠を回収します&無料で差し上げます』
http://nagaokanenju.com/free/

こちらの、特設サイトの冒頭に書いたエピソードのように、たった1連の古い念珠が、人を動かすことは珍しいことはではありません。

念珠の1連すらない家で育った方に、「お寺で法話を聞いてみませんか?」なんて声を掛けることはとてもハードルが高いものです。
しかし、亡くなったおばあちゃんが使っていた1連の念珠が、遺された人に対してものを言うという現実は確かにあります。

念珠を手に入れるという布施(ふせ)

ずいぶん前に、業界の先輩より「念珠を手に入れることは布施行」ということをお聞きし、いつも心に留めています。

物に執着したり、高級品を見せびらかしたりすることは、実に仏教とはほど遠い行為です。
それなのに、高い念珠を買っていただく理由というのが見当たらず、自分の仕事に自信が持てませんでした。

念珠を買うことは布施なんだということで、仕事上の色々な疑問が整理されました。

ちなみに「お布施」が、僧侶に払う「料金」だと思っている方がいたら大間違いです。(一般的には、読経のお礼という意味合いで使ってしまっていると思いますが、本来の意味ではありません。)このブログの読者にはそういう方は少ないと思いますが、念のため前置きしておきます。布施とは、送る側、受け取る側も、清らかでなくてはいけません。もちろん見返りを求めるものでもありません。

「長者の万灯より貧者の一灯」という故事がありますが、念珠の価格もまさにそいうことです。1万円の念珠が安すぎる人もいるでしょうし、3千円の念珠が精一杯の方もいます。念珠の価格は主に素材の違いできまりますが、人によってベストな価格帯も変わってくると言うことです。

いただいたメッセージより疑問点

無料にすると布施ではない

上の話と繋がりますが、念珠の代金が布施と考えると、無料でもらう方にとっては布施することなく手に入ってしまうという点です。

布施は喜捨(きしゃ)という言い方をすることもあります。たしかに、たとえ100円でも喜捨(きしゃ)つまり喜んで捨てるという意味を持たせるべきだということは最もだと思います。僕も最初はお渡しするにあたり、価格だけでなく相手を選ぶか、条件を付けるか・・いろいろな方法を考えました。

ところが、価格以外でも、あらゆる条件を付けてしまうと、念珠屋としての自分自身の布施行になりません。

運営費が赤字とか、大事に使って欲しいとか、喜んでくれただろうかとか、その為にやるのであれば、結局エゴが出てしまうと考えたのです。
ですから、「忘れたから一つもらうわ」ということでも、「買う気はしないけどタダならいいね」ということで持って行く方がいても、無条件でお渡ししても良いと考えました。

なぜなら、その1連の念珠がその後、どんな仏縁になるかわからないということを何度も見てきたからです。

ビジネスをやっている方なら聞いたことがあるかもしれませんが、新規顧客を獲得するには、リピートの5倍のコストがかかるという通説があります。
同じように考えると、仏教にまったく無縁だった人にいきなり声を掛けて、何かの仏事に誘うのは大変なことです。ところが、一度でもタダで念珠もらった人というのは、そのハードルがとても下がります。

とうぜん、もらった人すべてがそうなるわけではなく、ほとんど人には何も起こらないかもしれませんが、僧侶ではなく念珠屋が撒ける仏法の種としては十分すぎる力を持っていると信じています。

布施は現金とは限りません。もともとは文字通り「布」だったと言われ、その名残が袈裟(けさ)とも言われています。
見返りを期待せず、笑顔でいることも、やさしい言葉を掛けることも、席をゆずことも布施です。

「わたし、その念珠欲しいです。タダで。」と手を挙げることは、けっこう勇気が要ることだと思うのです。その勇気も布施だなぁと思うことです。

提供者は、処分してるだけ

回収に関しては、不要な念珠、古い念珠、壊れた念珠でも良いと考えています。
それは、ただ粗末に処分しているだけの感覚にならないだろうかという問題です。

これは、言われるまであまり考えていなかったのですが、実際に始まってみて、やはりあまり心配することはないと感じています。

なぜなら、有り難いことに、さっそく提供したいという申し出があり念珠が集まっておりますが、古い念珠を余すくらいの方ですから、十分すぎるくらい仏教を大切に自分の宗としている方ばかりです。どういう心境かといえば、「処分できて良かった」ということではなくて、「また使ってくれる方がいるなら、しまっておくよりいい」という想いで預けてくださいます。

今後、活動が広まれば、いろんな考え方があるかとは思いますが、仮に処分したいだけであっても、ゴミにせずに念珠を手に取ってひとつアクションしてくれたのなら、少しはプラスになったと考えてもよいのではないでしょうか。

無料って怖い

あ、そうですね、確かに怖い。怪しすぎます。笑

無料になるしくみは先述したとおりです。
それにしても、何か裏があるんじゃないかと感じる方は居るかもしれませんね。

もし、タダより高いものは無いので怖いという方がいたら聞いてください。
はっきりいいますよ。人生の中に仏教を取り入れてみるのは、とても良いものですよ。

ただ、多くの方の布施の精神で実現していることですので、それを条件にお渡しするわけではありません。

「布施は受け取る方が本当の修行」という方もいますが、もらった方がどう感じたかということも、今後お伝えできると良いですね。

他人の念珠を譲り受けて大丈夫なのか

念珠の貸し借りや、誰かが使っていたものをもらうのはダメということを聞いたことはないでしょうか。
人の念がついているとか、自分の分身だからとか、宗派や環境によって色々なことが言われることがあります。

そうものだと思っていた方にとっては、たぶん誰が使っていたかわからない念珠を譲り渡すということが、すごく気持ち悪いことだと感じると思います。
そのため、手放す前にお清めしてあるか、直したものは開眼供養してあるのかということもよく聞かれます。

それに関しては、信仰に関わる部分ですので、皆様それぞれの考えを否定するつもりはありません。
ただ、「仏教の法具」というところに立ち返ると、そんな心配は実に仏教的ではないということはわかります。「いや、余計にわからない」と思いましたら、ご自身の宗旨と比較しながら、もう少し広く仏教ってどんなものか視野を広げてみてください。同じ仏教の中でも正反対のことを良しとすることはよくあることです。

さらに興味がある方は、こちらの記事もご覧ください。

他人の数珠を使ってもいいの?

長岡さん大変じゃないの?

実は、これが一番言われます。
みなさま、なんて優しいのかしら・・(感涙)

まずは、なるべく手を掛けなくても使える念珠を優先して用意します。続いて、切れたものなどはフル装備の修理ではなく、簡単な仕立方に変更しての修理をします。材料代もあまり奮発しては長続きしませんので、負担にならない範囲で用意するつもりです。

そして、賛同してくれる方が多く、それでも手に負えなくなってきた場合です。

本当は、それが理想のすがたで、自分だけで間に合わなくなった場合、他人を巻き込むことを考えています。
就労支援施設などに協力を仰ぐとか、その為のコストを現金で支援してくれるひとはいないかとか、制作ボランティアの募集、念珠作り教室の受講生さんに呼びかけてみるなど、方法はまだまだこれからですが、目的は、多くの方に仏縁が広がってほしいということです。

念珠を通じてたくさんの方に会えるようになりましたら、それほど嬉しいことはありません。

まとめ

「不要な念珠を回収します & 無料で念珠を差し上げます」このプロジェクトを通じて、多くの方に念珠に触れていただき、流通した念珠が、それぞれのご家庭でささやかな仏縁となることを願っています。

前代未聞のプロジェクトで、賛同してくださる方もいれば、反論や不安の声も聞こえてきます。
どんなご意見も貴重でありがたいです。仮に反対意見でも、その方は念珠のことを本気で考え、仏教を大事にしている方だからです。

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