書籍

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プラユキ・ナラテボー師、北海道にて2回目の瞑想会

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

遅ればせながら、瞑想会参加のレポートをさせていただきます。

この度は、当別町の孝勝寺様が会場となりました。
まずもって、取り仕切ってくださった、副住職様、スタッフの皆さんは、準備から先生を見送るまで、大変なご苦労を引き受けてくださったこと、感謝します。おかげで大変有意義な機会をいただきました。ありがとうございます。

前回とは主催者がかわりましたが、僕自身は幸運にも前回に引き続き、声を掛けていただけるご縁があり、2回目の参加となりました。

プラユキ先生ってどんな人?

さて、仏教全般に関わる人、特にテーラワーダの本を読んでいるような方であれば、今やみなさんご存じとは思いますが、 続きを読む

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僧侶が語る死の正体: 死と向き合い、不死の門を開く、五つの法話

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

書籍のご紹介です。

『僧侶が語る死の正体: 死と向き合い、不死の門を開く、五つの法話』

著者:ネルケ無方,プラユキ・ナラテボー,釈徹宗,南直哉,アルボムッレ・スマナサーラ ¥1944 / サンガ

見た目でビビってしまうインパクト大な表紙に、なんともおどろおどろしいタイトルです。
しかし、表紙とは裏腹に、内容は非常にマイルドに書かれている印象を受けます。

僧侶は死の専門家ではないはずですが、世俗的に、「ところでお坊さんはどう思っているのか聞いてみたい」という企画なんだとは思います。

無理強いのようで、結果的にはとても面白い話が聞き出せたという本になっています。

気になる5人の僧侶

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北海道の人気雑誌『スロウ』

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

北海道の人気雑誌『スロウ』

今や北海道の方なら、みんな知っているんじゃないかしら。人気雑誌スロウ。
その 51号が本日(5月25日)発売になりました。

北海道の物語が詰まったステキなものたちを
作り手から直接お届けします。
雑誌「スロウ」から生まれたセレクトショップです。
(スロウのホームページより)
http://www.n-slow.com/

ほんとに直接送りますからね

黙々と仕立作業をする念珠職人をイメージされている方もいますが、僕が作った念珠を箱に収めて、段ボール折ったりガムテーム張ったりしてますから。

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『60分でわかる!仏教書ガイド』星 飛雄馬 (著)

読書の春(とは言わないか)、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

広がりつつある電子書籍市場

あれだけ電子書籍はだめだと言っていた僕も、とうとうアマゾンで提供しているキンドルに魂を売ってしまいました。

しかも、専用リーダーまで購入し、読み放題プラン「Kindle Unlimited」にも入って読書を楽しんでいます。(まさにパウロの回心状態である)

最近は、紙と電子書籍を選べる本が増えてきましたが、今回は電子書籍でのみリリースされている本になります。専用リーダーがなくても、Kindleのフリーアプリをダウンロードすることで、お使いのスマホやタブレット、パソコンでも購入して読むことができます。

『60分でわかる!仏教書ガイド』星 飛雄馬 (著)

『60分でわかる!仏教書ガイド』星 飛雄馬 (著)

(まえがき より) **********
職業柄か、よく「仏教について知りたいのですが、まず最初の一冊にはどれを読んだらいいですか?」「仏教の瞑想について書かれた本で、おすすめのものはありますか?」といった質問を受けることがある。
そのような時、簡単に返答をするのは容易ではない。なぜなら、質問者の仏教への理解度に応じておすすめの入門書といったものは変わってくるからである。なおかつ、仏教は現在世界中に広まっており、おすすめの瞑想の本と言われても、どのような宗派の仏教かによっても異なるからである。
***************

これ、まったくその通りで、僕もよく同じ質問を受けます。同じく職業柄でしょうか。

どれから読んだらいいのかわからない

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ミャンマーの数珠くり瞑想

仏教の発祥以来、いわゆる北伝の仏教では数珠が発達して、日本では各宗派ごとに、さらには法要の内容や袈裟に合わせて数珠が定められていたり、意外と決まっていなかったりと、とにかくたくさんの形が存在します。逆に一般に南伝の上座部仏教圏では、僧侶も数珠は使いません。

しかし、ミャンマーというのは地理的環境、民族的特性もあると思いますが、仏教徒の習慣も独特です。教理的には上座部の教えに近いのですが、お勤めの習慣は中国や日本でも見られるような大乗仏教に近い部分もあります。

つい最近まで、上座部圏では数珠は使わないと一括りに思っていたのですが、たまたまミャンマーのお話を聞き、タイ北部やミャンマーでは、わりと普通に数珠が使われていることも知りました。ミャンマーの比丘尼ディーパンカラ・サヤレーも、子どものころから周りの大人がやるように数珠を爪繰って瞑想してしていたということをインタビューで話していました。
『ビルマ佛教』(著・生野善應師)によると、108個プラス紐留めの1個の玉を両手で爪繰りながら使うということが解説されています。俗人は「無常」「苦」「無我」(実際にはビルマ語で、サンスクリット語、パーリ語とも発音は少し違うようです)と唱えながらそれぞれ1個ずつくります。108個ですから、36セットで一回りということになります。僧侶はポンジーと呼ばれていますが、9種類の言葉を108回ずつ唱えて、最後にその9称号を1回ずつ12セットで108個をくるという作法になっています。基本的には結跏趺坐といいますから、いわゆる座禅をしてということですが、堂内を歩きながらすることもあるようです。

ちなみに、ビルマ語では数珠のことを「ゼバディ」というそうです。

 

ヴィパッサナー瞑想のような古典的なものだけでなく、先日、プラユキ・ナラテボー師にご指導いただいた手動瞑想のように新しいスタイルの瞑想法もありますが、数珠を繰りながらというのは、意外に私たち日本人にもなじみ深いところではないでしょうか。

商品写真20160608-304

そんなわけで、さっそく作ってみました。情報が少ないので想像の部分も多いです。見たことがある写真だとおそらく直径8mm前後の玉で作っていそうですが、これは10mmの黒檀を使っています。日本だと禅宗の形に近いですが、四天玉はありません。これは四天王を表すと言われています。もともと、インドの神様なので、たぶんインド人が効いたらヒンドゥー教の話になのでしょうか。ミャンマーでも四護神というのはあるようですが、仏教とは分けて考えられているようです。

さて、これをくりながら、「無常」「苦」「無我」、「無常」「苦」「無我」、・・・・
明日の朝からやってみようかしら。

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お粥を炊く

お粥って、どんなイメージでしょうか。
僕は、固めのごはんが好みで、小さいころは、総入れ歯の祖父のために炊く柔らかいご飯すらいい気分ではありませんでした。自分でも胃が丈夫ではなかったため、風邪気味だと合わせて胃の調子を悪くすることも多く、そんなときに好きでもないお粥にされるのは、余計に気分がダウンした記憶があります。

精進料理をいろいろ調べていると、ついつい「おかず」の方に目が行きがちですが、現代医学風に糖質、脂質、炭水化物のバランスを考えても、やはり主食もないがしろにはできないわけです。

典座和尚として有名な高梨 尚之師の精進料理のレシピ本は以前から拝読させていただいておりましたが、お粥だけというものが出されていたので、こちらも先日購入しました。半分は精進粥、後半は横浜中華街シェフによる中華粥という内容になっています。

ほん

掲載レシピの充実はもちろんですが、読みもとしても面白く、改めて、お粥の炊き方を甘く見ていたなというのが、一番の感想です。禅宗の精進料理というと、手間もすべて修行という厳しいイメージがあり、確かにそういうことも書いてあるのですが、ちょっとした手抜きのやさしさというか、それでもできる範囲で精進料理に親しんでくださいという温かい心遣いが随所に感じられます。

手始めに、何も入らない白粥を本の通りにまじめに炊いてみたところ、なんておいしいことか。米をといでから浸水、炊き上げ、蒸らし、と小一時間かかります。

「人を待たせてもお粥待たすな」という言葉があるそうで、食べきる分だけ食べる時間に炊くというのが基本なんだそうです。「タイマーセットの炊飯器で多めに炊いて、お昼はチンしましょう」が当たり前になってる現代人にとって、まじめにお粥に向き合うのは、それだけで結構な意識改革になります。

夕べは、サツマイモの天ぷらにしたのですが、少し残しておいて、今日は芋粥を炊いてみました。

芋粥

サツマイモは、炊く前に10分ほど水を数回変えながらアク抜きをします。
どのタイミングで入れるかは芋の大きさ次第。写真くらい(2センチ角くらい)で、炊き始めから入れてちょうどよかったです。煮崩れるようならもう少し遅く。芋が入ると、炊くときに塩を少々いれると良いみたいで、器に盛ってから半擦りにした黒ゴマを振ると風味もいいです。精進料理ではよくゴマは擦って使いますね。貴重な栄養素をしっかりとるための工夫なんでしょう。
我が家の「ゴマ擦り隊長」である4歳の次男に擦ってもらったところ、少々擦りすぎましたが、それも愛嬌。

「粥有十利(しゅうゆうじり)」という、今どきのプレゼン風にいえば、「お粥を食べるべき10の理由」とでも言いましょうか。昔からお粥のメリットを謳った言葉があります。興味がある方はググるとすぐ出てきますので、ご興味ある方は調べてみるといいでしょう。確かに、体にはいいことだらけという実感はあります。しかし、よくテレビなんかでありがちな、○○を食べると体に良いということだけでなく、たかがお粥されどお粥にまじめに向き合ってこそ、精進料理としての醍醐味があるでしょうね。

本のレシピを参考にしながら、地元で採れるの食材、庭で採れる野菜など、楽しみながらお粥についてもいろいろ研究してみたいと思っています。

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雑誌「northern style スロウ vol.46」に掲載されました

北海道の方であれば、誰もが本屋さんで目にしたことはあるであろう、コンセプト型の通販マガジン「northern style スロウ vol.46」に、新商品を掲載していただきました。

今回は1ページの商品のみの紹介で、昨年秋に完成したばかりのヤマザクラ念珠を数種類掲載していただきました。シラカバ念珠、ミズナラ念珠に続き、3回目の掲載になります。
スロウ取扱い商品は、ヤマザクラの男女用の頭房単念珠、天然石を織り交ぜたブレスレットタイプの腕輪念珠です。

スロウ46

今回の「スロウ46」は、薪ストーブ特集、2月25日より各書店にてお求めになれます。薪ストーブいいですね。うちの作業場にもつけたい。

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『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』 石田智秀 著

この度、読ませていただいたのは、浄土真宗本願寺派お坊さんが書かれた、電子書籍です。

今のところ僕はまだまだ紙の本から離れられそうにありません。とはいえ、少しずつ電子書籍を選択する機会も増えました。このたびは電子書籍のみということで、すぐに購入ダウンロードさせていただきました。なんといっても、本屋にいかなくても、配達を待たなくても瞬時に読めるというのは、いまだに近未来体験のような感動があります。

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十勝のお寺に生まれた石田智秀さん、今やあちこちでお名前をお見かけするようになりました。
タイトルの通りの内容で、本の構成は法話形式になっていますが、聞きなれたお西さんの法話とは少々趣が違います。浄土真宗のみ教えはこうなんですよという直接的な表現ではなく、浄土真宗の「信心」について石田さん自身が「わからない」と悩んできた中での思考や出会いがつづられています。なので、頭ごなしに「そういうもんだ」という理解ではなく、みんな違和感を感じるところから、徐々に気付かさせてもらったように共感していける話でした。

僕は念珠屋をやっていて、ここ数年は浄土真宗のお寺に出張出店させていただく機会もずいぶん増えました。とてもご好評いただいておりますが、時には微妙な反応の場合もあります。
「オレは信心深くないから、そんな立派な念珠はいらねぇ」という言葉は、度々言われることです。多宗派ならまた別なお話にもなりますが、浄土真宗のお寺ですので「おじさんの信心なんて、そもそもあてになりませんよ」と思わず言ってしまいます(心の中で・・・笑) といっても、門徒さんじゃないとその意味も通じないように思いますが。

浄土真宗でいうところの「信心」というのは、とても難しいしわかりずらいと思います。世間的に難しいもんだという認識があればまだいいのですが、誤解をされることが多いようにも思います。そういう僕も別にわかっているというわけではありません。以前、「長岡君、いい話だと思って聞いてわかった気になっちゃいけないよ。「仏法を聞く」じゃなくて、「仏法に聞く」だからね」と言われたことがあります。なんか禅問答みたいな言い方ですが、自分の腹で「わかった」というのは、一番怪しいということにはなんとなく近頃気づいてきました。石田さんもずいぶん悩んだんだろうなということが、読ませていただきながらひしひしと感じます。僕の場合は、そんな浄土真宗の「わかりずらさ」の部分も、どこか他人事という腹があるのかもしれませんが、お寺の息子に生まれてしまうと漠然としたプレッシャーの中で悩み抜いてきて今があるのでしょうね。

なんだか浄土真宗ってちょっと面白いんじゃない?と思い始めた方が読むと、うなずくところが多そうです。
表紙いいですね。普段の石田さんのイメージからは想像できないけど、どこか内面的にはこういう側面もお持ちなのかなと思わせる元気な表紙。
今後のご活躍にも期待します。

『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』(kindle版)
石田智秀 著
価格 250円
響流書房

アマゾンの販売サイトはこちら
http://www.amazon.co.jp/dp/B018IZ7F4M/

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『手放す生き方』 アーチャン・チャー サンガ文庫

ご紹介したい本は、20世紀を代表するタイの名僧アーチャン・チャーの法話集です。

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僕は近年になって、ヴィパッサナー瞑想やテーラワーダ仏教との出会いがあり、日本の仏教から飛び出してずいぶん仏教に対する世界観が変わりました。テーラワーダ仏教に興味を持てば、自然と目にする機会があるでしょうアーチャン・チャーという名前。とても気になりますが、その資料は決して多くありません。そんな中、師の言葉や人柄が伝わる貴重な資料です。

メインの法話は7章からなり、法話一つを取ると1~2ページの短編になっています。テーラワーダのお家芸ともいえる巧みなたとえ話はわかりやすく、平素な言葉で語られているため、特に土台となる知識が無くても楽に読むことができると思います。
アーチャン・チャーの資料として、またはテーラワーダ仏教の教材として読まれる方が多いのかもしれませんが、はっきり言って、全く仏教なんて興味ない方が読まれても面白いんじゃないでしょうか。日々のストレス、妬み、嫉み、そういったものから解放されて少し楽になれるお話しだと思います。

僕の使い方は、一応1ページ目からボチボチ読み進めましたが、時々、目次を見て気になるタイトルがあれば飛んでみたり、日々の生活で思うことがあれば戻って読み返したりと、行ったり来たりして読んでいます。それも、改まって読書の時間なんていうのはなかなか取れないもので、いつも鞄に入れて、ちょっとした数分の待ち時間なんかに読んでいることが多いです。だから、一通り読み終えても、ずっと読みかけみたいな感じ。

法話の内容は読んでのお楽しみということで、ハードウェア的な感想を少し書きます。
僕は持ち歩きように文庫本のサイズが好きで、細切れでも読みやすい内容からしても上製本じゃなくてナイスという印象です。価格は1300円と文庫本にしてはちょっと高めですが、理由は手に取ればわかります。厚さと文章の量で、「法話単価」(という言い方もおかしいですが・・)で考えるとそんなに高くないようにも思います。
また、アマゾンのレビューには翻訳のレベルが云々と書いている方がいますが、僕の主観ではあまり関係のない部分だと思っています。英語のわかる方が洋画の吹き替え版を批判するようなもので、たしかに翻訳で印象が変わってしまうということはあるかもしれませんが、大事なことは翻訳の揚げ足取りよりも、臨場感ではないでしょうか。つまり、本を開く度に、アーチャン・チャーに遇えることが重要です。

アーチャンチャーが設立した僧院、ワット・パー・ポンにはいったことがありません。
でも、そこに行って、悩みや、愚痴をこぼせば、アーチャン・チャーが笑い飛ばしてくれそうな、そんなイメージで読める本です。

[著者]
アーチャン・チャー(Achaan Chah)

[編者]
ジャック・コーンフィールド (Jack Kornfield)
ポール・ブレイター(Paul Breiter)

[訳者]
星 飛雄馬・花輪 陽子・花輪 俊行

¥1300+税
サンガ文庫

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『お天道さまは見ている』著・赤川浄友

今年の花まつりの頃に完成した赤川浄友先生の本ですが、遅ればせながらレビューの投稿いたします。

『お天道さまは見ている』著・赤川浄友
国書刊行会 1300円+税

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赤川先生は浄土真宗本願寺の僧侶でして、数年前に千歳の秀法寺様にて聴聞させていただいたのがご縁でした。
学校の先生でしたが、宗教教育の必要性を感じお坊さんになられたと聞いております。そのため、仏教書でありながら育児書の側面もあり、目下子育て中の僕にとっては、大変参考になり、また同じように宗教教育の必要性を感じていた者としては、とても励みになりました。

浄土真宗のお坊さんは、死後の世界において、いわゆる俗信や迷信をさもらしく語ることを嫌います。宗祖がそうであったそうなので当然です。
しかし、赤川先生は、お釈迦さまも言ってないし中国の死者儀礼だと断りをつけて上手に語られます。「だまされないようにしてくださいよ。見てきたようにお話しますが(笑)」と。
俗にいう三途の川や閻魔大王の話も、本来の仏教ではないとはいえ、そういう教育なしに宗門の教義を幼い子どもに講義したところで伝わるはずもありません。

うちにも三人の子どもがいます。
正直、神様も仏様も斜めから拝んでいる僕は、「お天道さまが見ているよ!」と、子どもに対して堂々と言えませんでした。そういう宗教観がないからではなく、自信がなかったからです。

学生の頃に仲良くしていたマレーシア人のムスリムの友人が、誰に見張られているわけでなくても戒律を守っていました。当時は、すごいなあと思う反面、宗教とはそうやって人を洗脳するものかとも思っていました。しかし、今になって思えば、彼は神様のことを語ることも無理強いすることもなく、いつでも「お天道さまに見られている」ような感覚で自然に生活していたんだということを思います。彼の国では「お天道さま」が何になっているかわかりませんが。

僕と同じように子育て中の親御さん、教育関係者、また、「自分教」や「お金教」に入信しているとも気づかず、「私は無宗教」と思っている方にも是非読んでいただきたいです。憲法でも「信教の自由」を謳っている以上、公立学校で宗教教育ができないのは仕方がないですが、「昔は良かった」と言われる日本の今と昔の違いは、「お天道さまが見ている」という感性がなくなったということなんでしょうか。

ちなみに、笑い療法士でもある赤川先生の本には(笑)がたくさん出ています。ライブのご法話では、先代林家三平師匠が「どうもすいません」とやるポーズをしています。ここ笑うところですよという合図だそうです。(笑)

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