「直したい」という想いに寄り添って――長岡念珠店の修理について

「念珠って、直せるんですね」。 そんな驚きまじりの声を、私たちはこれまで何度も耳にしてきました。 実は、ほとんどの念珠は何らかの形で修理が可能です。房の交換や糸の組み直しはもちろん、玉が足りない場合でも、新たな素材やデザインを加えることで、再び形にすることができます。 もちろん、まったく同じ玉を揃えるのは難しい場合もあります。特に天然石や古い素材を使った念珠では、色や形、穴の径が微妙に違い、完全再現は不可能なこともあります。けれど私たちは、ただ直すだけではなく、その念珠の「これから」に寄り添うような提案を心がけています。 「これ、父の形見なんです」 ある日、一人の女性が念珠を手に来店されました。 房はすっかり色あせ、糸も切れかけていて、数珠玉のいくつかが失われていました。 「父の葬儀のときに使っていたもので、いまはもう私の手元にあるんですが、どうしても手放せなくて……。直せますか?」 念珠自体は決して高価なものではありませんでした。おそらく、数千円ほどの既製品。しかし、価格の問題ではないのです。形見としての存在、亡き人との繋がり。そういった想いに支えられて、手放せずにいたのだと思います。 私は念珠の状態を丁寧に確認し、足りない玉の部分を似た素材で補い、房も上品な色で新調する案をお伝えしました。ご予算も踏まえてご相談し、納得いただいた上で修理を進めました。後日お渡しした際、「なんだか父が戻ってきたような気がします」と涙ぐんでおられた姿が、今でも忘れられません。 「どうしても母に持たせてあげたくて」 また、こんなご依頼もありました。 病気で入院していたお母さまが亡くなられ、納棺の際に、思い出の念珠を一緒に持たせてあげたいという娘さんからのご相談。 「切れてしまった念珠なんですが、なんとか形にできませんか? たとえすぐにまた切れるとしても、持たせてあげたいんです」 通常であれば、「強度の確保」が修理の条件になりますが、そういう事情であれば話は別です。使うためではなく、“見送るため”の修理。細めの糸で、かたちだけ整えて納棺に間に合わせるという、特別な仕立てをさせていただきました。 念珠は、モノ以上のもの 修理のご相談のうち、実は半数以上が、非常に安価な念珠であるのが実情です。なかには、100円ショップで購入されたものや、通販のオマケで付いてきたようなものもあります。ですが、私たちは一切それを笑いません。なぜなら、その一つひとつに、持ち主の人生の記憶や感情が宿っているからです。 「学生のときに祖母が持たせてくれたものなんです」 「初めての法事で、父が買ってくれたんです」 「喪服と一緒に買ったもので…でも、もうどこで買ったかも覚えてなくて」 こうした想いを前にして、私はどうしても「買い替えましょう」と簡単には言えません。もちろん、修理費用が高額になる場合は、正直にその旨をお伝えします。そして、それでも納得されるのであれば、私たちにできる最善を尽くします。 修理は、新品製作よりずっと難しい 修理という作業は、実は新品の仕立てよりはるかに難しいものです。 自社製作の新品なら、同じ規格の玉、決まった寸法、慣れた工程で作業が進みます。しかし修理品は、玉のサイズや穴の径、素材の種類などがバラバラ。糸が通らなかったり、穴が歪んでいたりして、手を加えるごとに“違和感”が現れてしまうこともあります。 「ここまで直したら、また切れることがわかっている」 そんなケースでは、ただ元に戻すだけでなく、使い方や仕立て方自体の見直しを含めて、お客様に提案し直すことになります。こうした判断の積み重ねは、経験と誠意がなければできません。 それゆえに、多くの仏壇店や販売店では「他社製品の修理は受けません」とされるのです。正直、当店もそうした方が効率的かもしれません。でも、お客様の顔を見てしまうと、どうしても「何とかしたい」と思ってしまう。性分なのだと思います。 「切れたので、つなぎ直してもらえますか?」 一方で、非常にシンプルな修理依頼もあります。 「房はそのままで、切れたところだけ直してほしい」「いくらかかりますか?」 そんな声がほとんどです。 それだけで良いのかもしれません。余計な提案をせず、要望に応えるだけ。それもひとつの正解です。ただ、私は一度その念珠に手をかけた以上、次にまた切れてしまうような直し方はしたくない。少なくとも「この仕立てでは、また近いうちに切れますよ」とは伝えるようにしています。修理という仕事には、仕立て直したあとの“責任”がついて回るのです。 念珠の修理は、信頼関係の仕事 修理の仕事は、正直言って、手間も神経も使います。気づけば一日に何時間もかかってしまうこともありますし、精神的な負荷も決して軽くありません。「値段をもっと上げようか」「修理の受付をやめようか」と思ったことも何度もあります。 けれど、そのたびにお客様が持ち込む念珠と、その背景にある想いに触れて、「わかりました。なんとかしましょう」と言ってしまう自分がいます。 念珠は単なる道具ではなく、人と人との絆を象徴するもの。だからこそ、壊れたときにも、想いと一緒に再生していけるよう、私たちは日々、修理という名の“つなぐ仕事”に向き合っています。 「こんなものでも、直せますか?」 そう迷っている方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、私たちにご相談ください。あなたの大切な念珠に、また新たな命を吹き込むお手伝いができるかもしれません。

7月 1, 2025 · 1 分

略式念珠の使用と、日蓮宗の場合について

略式念珠と宗派との関係 この記事では「略式念珠」の使用について、宗派との関係を踏まえながら、丁寧にご説明させていただきます。 数珠の選び方には少し注意が必要な場合もございますが、この記事を通して、より安心してご準備いただけるようになれば幸いです。 今回は、以下の3つのポイントに沿ってお話ししてまいります。 ① 略式念珠とは──宗派を問わず使いやすい数珠 まず初めに、略式念珠について簡単にご紹介いたします。 略式念珠とは、宗派ごとに異なる正式な形の念珠に対して、より簡略化された形で作られた数珠のことを指します。 本来、念珠は宗派ごとに玉の数や並び方、房の形などに細かな違いがあります。しかし、略式念珠はそうした違いを意識せず使用できるよう配慮されたもので、広く一般的に用いられています。 たとえば、葬儀や法事、お墓参りといった仏事の場面において、宗派が異なる方々が一堂に会する場合でも、略式念珠であれば多くの宗派において問題なく使用することが可能です。 特に、在家信徒に対しては、細かな形式を厳格に求めない宗派が多く、略式念珠は非常に実用的な選択肢となっています。 「どの宗派かわからないけれど、すぐに必要になった」という場合にも、略式念珠を用意しておけば安心して参列できるでしょう。 ② 日蓮宗における特別な考え方──本式念珠をおすすめする理由 次に、日蓮宗における念珠の考え方について触れておきたいと思います。 一般的には、略式念珠で差し支えないとされる場面が多い中で、弊店では「日蓮宗以外なら問題ない」とご案内しています。 これは、日蓮宗における独自のこだわりを考慮しているためです。 弊店では、念のため日蓮宗宗務院に直接確認を行っておりますが、そこでいただいた回答は以下の通りです。 日蓮宗では、僧侶のみならず在家檀家の方々に対しても、本式数珠の使用を推奨している。 また、一般寺院の数名の住職様にもお話をうかがったところ、日蓮宗ではそれ以外ないと口を揃えておっしゃいます。 つまり、日蓮宗では数珠の持ち方・形にも非常に重きを置いており、本式念珠の使用を勧めているのです。 これは、他宗派にはあまり見られない特徴であり、日蓮宗ならではの伝統的な考え方といえるでしょう。 宗派の伝統や精神を尊重したいとお考えの場合には、やはり本式念珠を持参することが望ましいと考えられます。 このように、日蓮宗の教義に則った形で仏事に臨むことは、より深い敬意を表すことにつながるでしょう。 ちなみに、本題とは話しがずれますが、日蓮宗では、「念珠」よりも「数珠」と呼ぶ事の方が多いです。 ③ 日蓮宗以外の方が日蓮宗の法要に参列する場合は? ここで一つ、多くの方が疑問に思われる点についてご説明いたします。 **「自分は日蓮宗ではないが、日蓮宗の葬儀や法事に参列する場合、数珠はどうすればよいのか?」**というご質問です。 この点については、安心していただきたいと思います。 結論から申し上げますと、自分自身の信仰に基づいた数珠を持つことが基本とされています。 つまり、自分が日蓮宗以外の仏教を信仰している場合、略式念珠を持って参列しても、失礼にはあたりません。 仏具、法具、儀式に対して敬意を持つことが重要であり、その「心」が何よりも尊ばれます。 したがって、自分自身の宗派に沿った形で数珠を持ち、誠意をもって参列することが、最も大切なのです。 無理に日蓮宗の本式念珠を用意する必要はございませんので、普段ご自身が使用されている略式念珠や、所属宗派に合った念珠でご参列ください。 その場にふさわしい礼儀を尽くす気持ちがあれば、それだけで十分に敬意が伝わります。 ④ 略式念珠の魅力と注意点 最後に、略式念珠の持つ魅力についても触れておきたいと思います。 略式念珠には、以下のような利点があります。 柔軟性が高い 宗派を問わず使用できるため、どの仏事にも対応しやすいというメリットがあります。 持ち運びが便利 本式念珠に比べてコンパクトなものが多く、収納や持ち運びに優れています。 多彩なデザイン シンプルで落ち着いたものから、個性を感じさせるものまで、豊富な選択肢が用意されています。 近年では、若い世代を中心に、自分らしいデザインの数珠を選びたいというニーズも高まっています。 そのため、略式念珠は、現代の多様なライフスタイルに適した仏具といえるでしょう。 ただし、選ぶ際には場の雰囲気に配慮することも忘れてはいけません。 たとえば、葬儀や正式な法要では、あまり派手すぎる色やデザインは避け、シンプルで落ち着いたものを選ばれると安心です。 心を込めた念珠選びを 以上、略式念珠と宗派との関係についてご説明してまいりました。 略式念珠は、多くの宗派で広く使用できる便利な仏具です。 日蓮宗においては、本式念珠の使用が推奨されていますが、他宗派の方が略式念珠で参列することに問題はありません。 略式念珠は使い勝手が良く、デザインも豊富で、現代人にとって非常に実用的な選択肢です。 そして何より大切なことは、形にとらわれすぎることなく、敬意と感謝の心をもって仏事に臨むことです。 形式を守ることも尊いことですが、その背景にある思いやりの心こそが、最も重要な意味を持つのではないでしょうか。 皆さまが、心から納得できる念珠を見つけ、大切な場面で自信を持ってお使いいただけることを願っております。

4月 29, 2025 · 1 分

念珠の学校オンライン設立にあたり

新型コロナウイルス感染症が日本でも急速に影響を及ぼした2020年に書いた文章です。あらゆるワークショップが中止となる中、オンライン教室を開発した際に抱いた想いを綴っています。ここでは、当時の文章をそのまま掲載します。 仕事って・・、働くって・・ 僕は念珠屋を始めて10年とちょっとになります。 おかげさまで結構長く続いていますので、念珠屋を始めてから知り合った人の方が増えてきました。そうすると、前職はなんだったのか、どういう経緯で念珠屋になったのか知らない人も増えてきたのです。 その話は長くなるので、ここでは割愛しますが、数年前にしこたま書いたことがあるので、よほど暇な方はそちらの記事を読んでくだされば嬉しいです。 とにかく、自分で商売を始めるまではサラリーマンでしたので、どんな仕事をしていたかということよりも、雇われているか経営者かということが何よりも大きな違いです。 サラリーマン時代は、とにかく大人になったら働くことは当たり前だと思っていたし、生活費を稼ぐためにも、そして、欲しいものを買うためにお金が必要だと考えていました。 そして、大きなポイントは、「自分の仕事の成果が社会貢献をして、その対価としてお金をもらっている」ということを理解していませんでした。いや、理屈ではわかっているつもりだったんですけどね。 仕事とは「社会貢献」ではなくて、いうなれば「『会社』貢献」だと感じるようになってしまいました。 そのうちそういう意識すら薄れてしまい、苦痛に耐えて所属していれば、自動的に生活費が保証されるシステムという感覚になっていたと思います。 皆さんの中には給料をもらっていても、情熱を持って社会貢献している人もたくさんいるとは思いますが、少なくとも僕は、「生活保障システム」という根性でサラリーマンをやっていました。 ベタな言葉遊びですが、「働く」とは → 「端(ハタ)を楽(ラク)にする」なんて言いますよね。 小さく商売を始めて、給料日というものがなくなりました。 本当に成果を収めた時に、自分の決めた金額を受け取ることになります。これは想像していた以上に大変なことです。でも、おかげで、誰かの役に立てた瞬間をしっかりかみしめることができるようになったのです。 そんな風にして、10年以上にわたって蓄積したノウハウ、そしてその思いをなにか形にしたいと思って動き始めたのが「念珠の学校オンライン」というプロジェクトでした。 ソフトウェアの時代 では、その「なにか形にしたい」ということは実際に、「なにか」と長らく考えてきました。 うちは念珠屋ですので、念珠を作り、それを販売することが仕事です。 今は、身の丈にあふれるほどのご注文をいただき、日々あくせくしていますが、それが永遠に続くとは思っていません。 ご存じの通り、仏具、法具、広くは伝統産業を見渡すと、その多くは斜陽産業と言われています。この流れは、日本人全体の意識がひっくり返るような歴史的な事件でも起きない限り、今後回復するような状況はないでしょう。 昨今はますます時代の移り変わりが速くて、あらゆる産業が衰退しているなか、ソフトウェアの世界はGAFAを中心に、まだまだ伸びしろがあります。 じゃあ、念珠を売るのはやめて、プログラミングでも勉強したほうが将来のためかとも考えましたが、それでは、またレッドオーシャンに後発隊として飛び込むようなものです。 そこで、自分が誰かに提供できるものはなにかと、ますます考えるようになったのです。 資産の意味合いが変わってきた 「お金」の勉強を少しすると、資産が資産を生むということがよくわかりました。 「お金に働かせる」という表現を使う人も多いです。 日本に限った話ではないですが、現在の資本主義経済ではすでに大きな格差があることは、皆さんが日々の生活で実感しているとおりです。 大げさかもしれませんが、このまま時代が進めば、時々数字を眺めているだけで欲しいものが手に入る人と、時給数百円の仕事を奪い合うような世界にもなりかねません。現在は、ややそれに近い世界になりつつあります。 資産が資産を生むとすれば、僕自身は100%後者に振り分けられます。 そのとき言う「資産」とは、現金のほか、不動産、株式など、現金化が容易な資産のことを指すでしょう。今までは、そうだったかもしれません。でも、この先、数十年を考えたときに、その限りではないと考えています。 僕自身が持っている資産はなにかと考えると、現金化できるものはほとんどありません。 しかし、突然収入が途絶えたところから、なんの元手もない状態で、幸せな生活を取り返すスキルは学びました。そして、その過程で大きなウェイトを占めるのは念珠を作るための知識と技術です。 幸せに生きる 「何のために生きるのか」というのは、宗教や哲学の世界ではよく取り上げられるテーマです。 万国共通の正解はありません。それぞれの人が自分なりの答えを見いだしていくしかない問いです。 お金はあった方がいいとほとんどの人は思っていますが、お金があっても幸せになれないということも、多くの人が気づいてきました。 それなのに悲しきかな、多くの人はお金につながるように行動してしまうものです。 何のために勉強するのか、何のために働くのか。すぐ手前には受験のためとか、成績のため、会社のため、家族のため、社会貢献のため……など、いろいろな理由があると思いますが、その先には「お金のため」であることが多いです。 なぜそうなってしまうかというと、お金が無くなることを想像すると不安だからですよね。 ものすごく不幸な自分を想像してしまうからです。現在の価値観で手に入れたものをすべて失うのが怖いからです。 僕は、体験として一度はいろいろ失いました。 その当時付き合っていた友人のほとんどが生活保護を受けていましたが、彼らが不幸で、ギリギリ生活保護を受けなかった自分だけが偉いとも思えませんでした。 むしろその逆で、彼らの方がよほど幸せに生きているように見えたのです。 この1年は、世界的に大変な状況で、飲食業や観光業、医療だけでなく、今後はあらゆる業種に負の波が広がることが予想されます。 僕は今、とても幸せに暮らしているという実感があります。 ひょっとして今後、また仕事に困ることもあるかもしれません。「かも」というか、あのときの苦労が軽く思えるほど、ひどい状況になることだってあるでしょう。 でも、不可抗力であれば受け入れるしかないし、防げるものは全力で防ごうと思っています。 だから、不安とか恐怖はまったく感じていません。 そのように思えた背景には、縁があって念珠屋になれたこと、そして仏教との出会いがありました。 教室の誕生、そしてオンラインへ 「念珠を縁に、多くの人に仏教が広まりますように」 これは、普段仕事をしていて、ずっとテーマに掲げていることです。 言い換えると、自分が得た幸せに生きる方法を、皆さんにも知ってほしいということです。 そして、どうやったらそれが実現するかと考えたときに、念珠そのものはいずれ売れなくなっていく。 グローバル化は急速に進み、日本式の念珠もいつまで製造されているかわかりません。 職人さんを抱え、大きな工場を持つ会社と違い、僕が妻と二人でコツコツ作ることができる念珠の数は限られています。 幸せをお裾分けできる人数も、その限りということです。 そこで、「念珠 ✕ ソフトウェア」という発想で生まれたのが、知識と技術を伝えることです。 おかげさまで、教室は、独自の個人レッスン、グループレッスン、地域のカルチャースクール、全国のお寺から講師として呼んでいただいたりと、幅広く開催してきました。 しかし、現在はそういった教室もまともに開けない状況になってしまい、今後も当面は不安定な状況が続くでしょう。 コンピューターやネット環境の進化はめざましく、昔ではテレビ局や大手企業など大きな資本を持っているところでなければできなかったことが、個人でも工夫次第でいくらでも実現できるようになりました。 そんななか、考え抜いて作った仕組みが今回の「念珠の学校オンライン」です。 公開初日から、早速登録していただいた会員様からは、 「疑問が一瞬にして解決しました」 「本当に感動です!」 と嬉しい声が寄せられています。 ...

2月 11, 2025 · 1 分

想いをつなぐ念珠 - 物ではなく、心を受け継ぐということ

念珠の価値 ここで考えてみたいのは、念珠の希少性や価格の問題ではなく、その人にとっての価値です。 念珠修理の依頼で結構多いパターンが、「直すより買ったほうが安い」という場合です。これは念珠に限らず、電化製品などでも皆さん経験していることだと思います。 しかし、電化製品と違うところは、念珠には思い入れがある場合が多いという点です。 「亡くなったお父さんが唯一残した形見」、「お母さんが嫁入り道具として持たせてくれたもの」、「旦那さんを亡くした縁で購入したもの」——理由は人それぞれですが、物質的な価値で判断できないことも多く、そうなると「買ったほうが安い」は大きな障害になりません。 切れた状態でしまっておくよりも、綺麗に直して使ったほうが良いと思うのです。また、その一連の思い出の念珠が、今を生きる者の合掌する機縁となることは素晴らしいことだと思います。 念珠のプレゼント 当店でお買い上げいただく念珠の中でも、実は意外と多いのが贈答用です。 お寺からお檀家さんへの記念品だったり、何かのお礼、社会人になった息子へ、お姑さんからお嫁さんへ……等々。こういった念珠は、機会あるごとに「あの時にいただいたものだな」という想いがいつまでもついて回ります。 また、自分で購入したものでも、よくよく選んだものであれば、「若い時にすごく気に入って買ったの」と思い出を語ってくださる方も少なくありません。そういった方がお持ちの念珠は、「良い念珠」だなと、お預かりするときに感じます。 新品を買っていただくよりも、修理は手間がかかって利益が少ないため、嫌う業者が多いと思います。しかし、僕は「想い」という付加価値がついた念珠を直していきたいと思うのです。「良い念珠」を残したいからです。 後世の人にとって「良い念珠」の存在は、一節の法話よりも意義深いものになるかもしれないと思うからです。 物質的な満足はもう要らない また、時代のニーズを考えると、物質的な満足感はすでに飽和状態で、「想い」に価値を見出す時代になってきている気がします。 たとえば、ボーナスが上がったので憧れのロレックスを購入したという話より、今は亡きおじいちゃんが若い頃から使っていた70年間愛用した国産腕時計を修理して、今も使い続けているという話のほうが、羨ましいと思いませんか。 修理はもちろんのこと、新品をお買い求めの際には、じっくりと気に入ったものを選んでいただきたいなと思う理由です。

2月 3, 2025 · 1 分

レインボーフラッグモデルの念珠とセクシュアルマイノリティへの想い

「レインボーフラッグ」をご存じでしょうか? レインボーフラッグ(直訳: 虹の旗、英語: rainbow flag, LGBT pride flag, gay pride flag)は、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(LGBT)の尊厳とLGBTの社会運動を象徴する旗。1970年代から使用された。フラッグに使用された色はLGBTコミュニティの多様性を表し、LGBTの権利パレードの一種ゲイ・パレード(プライド・パレード)でしばしば見られる。 出典:「ウィキペディア(Wikipedia): フリー百科事典」より、レインボーフラッグ(LGBT) 長岡念珠店では、このレインボーフラッグをモチーフに6色の石を使用し、虹色念珠を製作しています。 レインボーカラーの虹色念珠 パートナーシップ宣言制度 セクシャルマイノリティである人たちは、かつてはアンダーグラウンドな世界で生きるか、自分のアイデンティティを押し殺して生きていくことが多かったのだと思います。 平成の後半からは、徐々にいわゆる「オネエタレント」をテレビで見る機会も増え、同性での挙式という事例もちらほら聞かれるようになりました。 少しずつ認知はされるようになってきましたが、公的な制度は何もありませんでした。 2015年(平成27年)4月、東京都渋谷区において「パートナーシップ宣誓制度」が全国で初めて開始されました。 これによって、「結婚に相当する関係」と認められる証明書が役所から発行されることになりました。単なる同居人ではなく、正式な家族として認められるようになったのです。 まだまだ多くの問題を抱えていることは各方面から聞こえてきますが、それでもパートナーシップ宣誓制度については、少しずつ全国の自治体に広がっています。 北海道では、札幌市が2018年より同制度を開始しています。 最明寺にてLGBT結婚式 この流れを汲んで、埼玉県川越市の最明寺において、同市のパートナーシップ宣誓制度が令和2年からスタートするのに合わせ、同性での仏前結婚式のプランを打ち出しました。 同性結婚式を挙げられる仏教寺院(最明寺様) このとき、挙式を迎えたお二人に贈られる記念品として、レインボーフラッグの色を取り入れた腕輪念珠を作ってほしいという依頼を受けたのが、最初のきっかけです。 お寺の発表以降、「式は挙げられないけれど、レインボーフラッグの念珠だけ購入したい」というお問い合わせが相次いだため、定番商品として扱えるものを考えることにしました。 お寺での結婚式用には、特別な日にふさわしい梵天付きの立派な腕輪念珠を用意していますが、定番商品として取り扱う念珠は、もっと日常使いしやすいものを考えました。 現在、略式念珠の頭房タイプ、アミ紐タイプ、そして同じ素材を使ったブレスレットを制作しています。 LGBT LGBTとは何か LGBTとは、Lesbian、Gay、Bisexual、Transgenderの頭文字を取ったもので、すでに広く知られつつあると思います。 ただし、LGBTと表記することで、「そこにも当てはまらない」という声が出てくる場合もあります。たとえば、Q(クエスチョニング)、I(インターセックス)、A(アセクシュアル)などです。 そのため、LGBTQと表記したり、LGBTQIA(+)という形で表現したりするなど、さまざまな表記が生まれました。 どれが「正しい」という議論はあまり行われていないように思います。 そもそもLGBTについて語る際は、特定の特性を持つ人々を囲い込んで区別することが目的ではないからでしょう。 そのため、本文中で「LGBT」と表記している場合も、あらゆる性のあり方を含めているという意味合いで受け取ってください。 なお、割合で言うとLGBTよりもストレートの方が多いとされています。一説によれば、LGBTは全体の8%とも言われています。 しかし、個人的にはその数字はあまり当てにならないと感じています。 はっきりと違和感を自覚し、日常生活で生きづらさを感じている人もいれば、ほぼストレートとして普通に暮らしているけれど、少しだけ同性にも興味があるという人もいるでしょう。 そう考えると、性のあり方というのはグラデーションのようなもので、どこかに線を引いて区別できるものではないと思っています。 マイノリティという囲い込み これは、性の話に限らずですが、マイノリティ(社会的少数者)について言及するときには、どのように捉えても賛否が出ることは覚悟しなければいけません。 世の中は多くの場合(特に民主主義では)多数決で物事が決まっていくことが多いので、マイノリティの価値観が無視される傾向があります。 そこで、マイノリティの人自身が自分たちについての啓蒙や人権を主張する活動をすることもありますし、マジョリティ(多数派)のほうが何か力になりたいと考えることもあります。 ここで出てくる疑問が、そういった活動は、あえてマイノリティを囲い込むことになっていないかということです。 たとえば、今回のようにセクシュアルマイノリティについていえば、自分は性的にストレートなので、LGBTの人たちのために何かできないかという、悪く言えば「境界線引き」とマジョリティの傲慢さがあるのではないかということを感じるのです。 先述のとおり、性のあり方はグラデーションだと認識したつもりでいたのに、逆に境界線を引くことになっていたとすれば本末転倒です。 虹色念珠の目的 そのようなことを踏まえたうえで、なぜレインボーフラッグの色をモチーフにした念珠を売り出そうと考えたのか、そのお話をさせていただきます。 僕は念珠屋として、「多くの方が念珠を縁として仏教と出逢ってほしい」と、いつも考えています。 では、その思いがどうして虹色念珠と繋がるのか。 売れない念珠かもしれない 虹色念珠ともなると、「LGBT向けに開発されているのだろう」と思われるかもしれませんが、それが目的ではありません。 現実的には、「自分自身がLGBTなのでその念珠を持ちたい」と考える方は少ないのではないかと思っています。 周囲にカミングアウトしていない場合、その念珠を使うのは難しいでしょうし、すでに周囲の理解を得ている方であっても、わざわざそのことを主張するようなものを身につける理由は、あまり想像できません。 それでも、プライド・パレードには多くの人が参加し、レインボーフラッグや同じ色のグッズをたくさん見かけます。 パレードで念珠を使うというのは少し考えにくいかもしれませんが、ブレスレットなら自然に使えるかもしれませんね。 LGBT関連でも、さまざまな方面で活動している方がいらっしゃるので、場所や状況に応じて使っていただければ嬉しいです。 派手すぎるけど大丈夫? 「こんな派手な念珠をお葬式に持って行っていいの?」 そう疑問を持つ方も多いかもしれません。 ...

1月 8, 2025 · 1 分

最低限の手入れをするだけで、「良い念珠」になる

良い念珠とは 「良い念珠」の定義というのは、難しく繊細な問題もあります。 まず、わかりやすいのは、物理的に良質なものです。素材の質が良く、玉の加工が良く、仕立てが良いもの。当然値段はある程度は高くなってしまいます。 プラスチックや樹脂製がダメか?聞かれたら、それが悪いとはいいません。しかし、一生使えるかというと、房の交換などせずに使い捨てにする前提で作られていますし、うちではオススメしません。 良い意味で「気持ちの問題だから質は関係ない」という方もいますが、僕の考えとしては、念珠は「身だしなみ」という意味合いも強く、人は想いを形にすることで改めて自覚する面もあるので、身だしなみを整えることは大切だと思うのです。 たとえば、ビジネスマンの世界では髪型、服装、使っている財布やペンの質まで良いものを求めることは、信頼を得るツールであり自分のモチベーションを上げる方法でもあります。女性の化粧やアクセサリーだって同様です。 実際の現場で見かけるタイプ ところが、お葬式会場に行くと立派な礼服に高級そうな革靴、ブランドの腕時計をしているのに、房もすっかりくたびれたプラスチック製の念珠を持っている方は意外と多く見かけます。 お金さえかければ良いという意味ではなく、バランスの問題です。この例で考えると、ほかの部分は立派なものを身に着ける余裕があるのに、明らかに念珠に関しては無頓着なことが伺えます。 それなりの場所で、子ども向けのプラスチック腕時計をしていたらおそらく気になるでしょうし、時計本体は立派なものであってもバンドの革が剥がれてボロボロになっていたら、恥ずかしいと感じないでしょうか。 不思議と念珠の場合は、とても恥ずかしい状態でも平気で使っている人が多いです。 安価なものでもいいのですが、明らかにないがしろにしている印象なのは、見ていて気持ちの良いものではありません。 写真は同じ念珠です。少し気を付けるだけで、こんなに違います。 あなたがお持ちの念珠はどちらに近いですか? 房を整えることは最低限の身だしなみ 前回の法事から念珠袋に入れっぱなしで、急なお通夜で取り出してみると、房がコッタコタに折れ曲がっていたという経験はないでしょうか。 こんな時は、お湯を沸かして蒸気を当てながら少しテンションをかけて整えることで、きれいに伸びます。玉の間や、房の付け根など、切れかけた部分があるときは切れる前に仕立て直しをお勧めします。房の汚れ、変色、色あせは、新しい房に交換しなければいけません。 みなさんも、何もない時こそ、ちょっと気にしてお手持ちのものが「良い念珠」かどうかチェックしてみてくださいね。

1月 8, 2025 · 1 分