お客様との会話

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腕輪念珠作り 小樽銭函の光超寺婦人会様

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

住所でいうと小樽市になりますが、街の所在は札幌にほど近い「銭函(ぜにばこ)」というところがあります。

銭函

僕らは子どもの頃から聞き慣れた地名ですが、本州の方にとっては面白い地名かもしれませんね。かつてはニシン漁でとても栄えたのだとおもいます。

光超寺様は、その銭函にある浄土真宗本願寺派のお寺です。

最近、あちこちでやっている腕輪念珠教室の噂を聞き、ぜひうちの婦人会でも、ということで声をかけていただきました。

寒くて雨交じりの日だったのにもかかわらず、10数名のご婦人方にご参加いただきました。

婦人会では今年、役員さんの入れ替えがあったそうです。

念珠作りを機縁に

新会長さんにお話しを伺ったところ、以前はそれほど頻繁に集まる機会はなかったそうなのですが、今年は少し力を入れて行事を増やしていると言うことでした。

その、一環として、ぜひ念珠作りをということで声をかけてくれたそうで、ありがたい話です。

腕輪くらいでしたら、正味の制作時間はそんなにかからないのです。

しかし、やはり女子

どの玉を使おうか選ぶ時間が一番楽しく、そして一番時間がかかります。

「わたし、腕輪ならいらないよ」

とおっしゃっていた方も、作り始めるとそれなりに楽しんでいただいたようで安心しました。
身につけるものですので、腕時計やアクセサリーと同じで、付けたくないという場合もありますね。

玉を選ぶ時間では、とても盛り上がっていましたが、通し始めるとほとんどの方が終始無言。時々手が止まると、「穴が見えない・・」と苦笑が漏れます。

今日は、重たい雨雲が降りていました。細かい作業をやるには見づらかったかもしれませんね。
少なくとも、お寺の婦人会では、午前中にやるのが良いみたいです。

大きな失敗もなく、それぞれにオリジナル腕輪念珠が完成しました。

あれから10年

光超寺様では、今のとても立派な本堂庫裏に建て替えられて、落慶から約10年だそうです。
坊守様に、「落慶のときは、ご夫婦で演奏してくださって・・」ということを言われて、急に思い出しました。あっという間ですね。

今は玄関ホールに飾られている、特大サイズの書道パフォーマンス作品。
そういえばこれも、落慶法要の祝賀会で目の前で書いているのを見ていたのでした。

食い意地張って、写真を撮ることすら思いつきませんでしたが、講習会のあとは婦人会の皆様と一緒にぜんざいをいただきました。集中した後の甘い物はたまらんです。

あ、そうそう、立派なイチゴと一緒に。

「けんたろう」っていうんですって。大ぶりでとても美味です。
本州のブランドイチゴに勝った気がしました!

各お寺、婦人会というのは独特の結束力とアットホームな雰囲気で、お寺にとってはとても大事な存在であることは想像に難くありません。

皆さん朗らかで、僕も大変楽しい時間を過ごしました。
これからもご活躍を応援します。

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ネットでもできる「数珠の相談」

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

おかげさまで最近は、本州からのご注文、修理のご依頼も増えています。
先日は、埼玉県よりご相談のメールをいただきました。

たくさんのメールと20枚以上の画像

本当は対面で、材料を手に取ってご覧いただけると話は早いのですが、遠方で必ずしもそれが実現しない場合があります。

今回のご相談では、メールを通信手段としました。
毎回数枚の画像を送りながら、何度もメールを交換しながらご要望を絞り込んでいきました。

この作業は、「販売」というより「問診」という方が適切かもしれません。
お客様の方が面倒になってしまうことも当然あるわけで、最後までお付き合いいただいたことには、感謝せざるを得ません。

ネット上では、情報が錯綜(さくそう)しています

例えば食料品ならスーパーへ、日用品ならホームセンターへ買い物に行きます。
ところが「数珠が必要」と思ったときに、どちらで買えばいいかわからないという方は多いかもしれません。

この時代ですから、わかないことであれば、まずはスマホなりパソコンなりでネット検索をすると思います。

ところが、値段もピンキリ、形もいろいろ、どうやって選んだら良いのかわかりません。その上、ネット上には、それぞれ自分なりの解釈がさも正式な回答かのように語られていることが多く、よくよく調べている方ほど、正解がわからなくなってしまうことが多いです。

オンラインショッピングは大変便利ではありますが、対面販売のように相談しながら買うことはできません。


合わせる紐(ひも)の色だけでも、迷ってしまいますね。

相談できるオンラインショップ

これが出来るのが、長岡念珠店の最大の強みだと自負しています。

かつては商店街や市場で当たり前だった、対面販売の時代は終わりつつあります。
あらゆる契約がネット上で完結します。店頭でも一言も会話せずに、支払を済ませて商品を購入できる方が普通になってきました。

店先で店主に話しかける感覚で、問合せの電話やメールをいただけることは大変嬉しく思っています。

今後は、LINEやフェイスブックなどのSNSを使い、チャットや音声通話でさらにリアルタイムな対応もしていけないだろうかと言うことも考えています。

お客様の声

ネットでお店や商品を検索するときには、「レビュー」や「クチコミ」を参考にされるのではないでしょうか。業者側としても「お客様の声」というのはとても貴重な財産です。

実は、当店でも非常にたくさんの「お客様の声」が寄せられています。ただし、ネット投稿ではありません。翌年のお寺の法要でお目にかかると、「いやぁ、去年買った念珠がとっても良くてねぇ」なんて声をかけていただいたり、修理した念珠を送ると「こんなにきれいになると思いませんでした!」と、わざわざ電話をいただいたりします。

「ずっと気になっていた母が遺(のこ)した念珠が、これでやっと使えます」とハガキをいただくこともあります。

せっかくの貴重なメッセージを上手く活用しきれていませんが、次の仕事へ向けて、日々の活力になっていることは言うまでもありません。

まるでジュエリーを買った時のように心がウキウキして、うっとり眺めています。

本日は、こんな嬉しいメールが届きました。
メール交換でじっくり選んでいただいた、埼玉県のお客様からです。

ナカナカ上手く出来ました!(画像を添付します)

と、送ってくださった写真がこちら。
お好みの生地をさがして、念珠入れを作られたのですね。

それぞれの玉の色にも良く似合っていますし、なにより縫製の完成度が高く、このままうちの売り物にしたいくらいです。

電話にメールに・・

今日もバタバタと数件のご相談をこなしながらの作業でした。

僕のことを「念珠職人」と呼ぶ人がいますが、自分ではあまり職人という意識はありません。顔も上げずにコツコツと念珠作りを続けているわけではないですからね。もちろんそういう時間もありますが。

強いて言うなら「念珠ソムリエ」

お好みやご予算、在庫状況によって制作可能かどうか、在庫がなければ入手可能かどうか、宗派や地域、時には家族の事情などもお聞きし、ご要望の奥にある本当に解決したい問題はなにか、そんなことを考えながら念珠を選ぶということ考えると、「ソムリエ」という言葉がぴったりかと思っています。

念珠を購入するというのは、よほどのご縁がもよおしてのことかと思います。
いつも通りの日常生活を送る中で「そうだ、念珠を買おう!」と、「京都に行こう!」みたいに思いつくはずがありません。

そのご縁を摘み取ることなく、完成した念珠を手に取ったときに、「相談して良かった」と思えるようでありたいものです。

購入や修理依頼に直接関係ないご質問もたくさんいただきます。商売人としては上手な方法ではないかもしれませんが、こうしてたくさんのコミュニケーションをとることで、市場全体のレベルが少しでも上がって、良い念珠を大切に使ってくださる方が増えるといいなという願いを込めて続けていこうと思っています。

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え?うちって神道?

ある日のお客様です。
朝から急に電話がきて、

「どうしても今日中に念珠が必要なんですが・・」

「今から伺ってもいいでしょうか?」ということでした。
その日は、出張等の予定もなかったので、数時間後にお約束しました。

実はけっこう良くあるパターンです。
事前に用意していなかったものの、身近な方が無くなってお通夜までに必要だと慌てることは結構あります。日ごろ仏壇屋さんを意識する人も少ないので、焦ってネットで検索したところ、うちのホームページを見つけてくださるということが良くあるのです。

いらしたのは、お母様と若い息子さん二人。
お会いして事情を伺ったところやはりその通りでした。
息子さん用にそれぞれ作りたいとのこと。
本来ならばじっくり選んで、無いものは取り寄せてでもお仕立てしたいところですが、今夜のお通夜ということですので、手元にある材料で納得していただくしかありません。

念珠をお求めの際、手順としては最初に宗派を伺います。

「え?宗派って関係あるんですか?あれ、うちって何宗?」

はい、これもよくあるパターンなのです。
各宗派ごとに形がありますし、日蓮宗等とくに本式にこだわりが強い場合もあります。
宗派によってルールとまで言わなくても、好み習慣が違うこともあります。
それによって、ご用意できる材料も変わってくるからです。

すぐにご実家に電話をしたところ・・

「え?うちって神道?」

正直、このパターンは僕も初めての経験でした。
神道なので、仏式の念珠は当然必要ありません。
近頃は、神道用数珠というのも作っているところもあるようですが、あくまで最近になって考案されたもので、正式な神具としてあるわけではありません。

もちろんそれが分かった以上、こちらから勧めることはしませんでしたが、お母様の提案で、これから社会に出るのに持っていてもいいでしょという結論になりました。

主張をとるか、無難をとるか

良くも悪くも、日本の習慣からして、長いものにまかれた方が無難ということもあります。確かに宗派などわからないお仕事上の付き合いで葬儀に参列する場合は、略式でも念珠を持っていた方が、変に詮索されることは少なくなります。

別な信仰をお持ちでしたら、仏式の念珠を持つ必要は全くないはずなのですが・・

IMG_4928

お母様がそうおっしゃるならこれもご縁と、材料を見立てました。
いろいろ見ているうちに、木玉に天然石仕立てで作りたいという好みが見えてきましたので、それぞれ生命樹に琥珀、黒檀に本水晶と選んでいただき、さらにお好みの紐の色を組み合わせて作りました。

大変喜んでいただいて、その場は良かったのですが、帰りがけにお母様が言った一言。

「それにしても、親戚が集まる中、念珠買ってくるって家を出たのに、誰も何も言わなかったよね」

たしかに・・・
まあ、女系の親戚で他の方は仏教だったかもしれないし、詳しい事情はわかりませんが、うちは神道だから要らないって言う人が、誰かいてもよかったような気はします。それほど、宗教への関心というのは日常から離れてしまっているのが、日本の現実なんだと思います。

皆様のお宅は宗教、宗派は?

必要な方は、何もないうちにこそ、念珠のご相談を。

※この記事は、2015年に投稿され、2017年に加筆修正されております。

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数珠(念珠)を持つ意義は、義務か、嗜みか、志か。

文脈によって、念珠と数珠が混在しますがご了承ください。

格好悪いので数珠を捨てた

最近は、スリランカ上座仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老のお話が大好きで、よく本を読んでいます。スマナサーラ長老が日本で数珠をもらったが、格好悪いので捨てたというエピソードがありました。
それを生業にしている僕としては結構ショッキングなお話です。

数珠を使う? 使わない? 世界の宗教

インドで発祥した仏教が日本まで伝わってきた北伝仏教では、数珠が発達しました。

その起源はバラモン教の頃までさかのぼるらしく、仏教特有のものではありません。キリスト教のロザリオも、イスラム教のタスビ、フブバ、ミスバハ等と呼ばれるものも、起源は同じと言われています。(複数の起源があるという説もあります)

それに対し、現在でも南伝のスリランカやタイの仏教では数珠を使いません。
スリランカ人であるスマナサーラ長老も使う習慣がないでしょう。それに、おまじないや気休めの道具は仏教には要らないというような雰囲気すら感じられます。


※店主がミャンマー式の瞑想用に作ってみたプロトタイプ念珠

日本の数珠

日本の仏教では多くの場合数珠を大事にします。
それは僕の解釈では、仏像を大事にするのと同じようなものだと思っています。

お釈迦様の時代に仏像に向かって拝むようなことはしてないはずですからね。文化と宗教を一緒にしてはいけないということも言われますが、いまさら仏像を拝まない仏教を日本で浸透させるのは難しいでしょう。

そう考えると、数珠も仏像も方便としていただき、大切にしながらも形だけ整えて終わることなく、その向こうにどんな教えがあるのか耳を傾けるご縁にしたいものです。

「数珠 必要」で検索する若者

最近では、都市部を中心に、法事や葬式でも数珠を持たない人が増えてきました。

単に意識が薄いということもあるかもしれませんが、驚いたのは、「宗教にはまっている人だけがもつ特別なもの」「趣味の問題なので持つ必要はない」という意見が、当たり前のようにネット上で見られることです。

「必ず必要」などと書いているのは、よく読んでみると、単に数珠を販売することを目的とした業者だったりします。

それを見た若者は、当然持つ必要がないと思うでしょうし、見つけた記事の内容によっては、持つことに嫌悪感すらいだくかもしれません。

結局、持つべきなのか。

そこで、念珠屋としては、「ぜひお持ちいただきたい」と言いたいところですが、スマナサーラ長老のお話に戻ると、持たないことも否定できません。もちろん、意識無く持たないこととは意味合いは全然ちがいますが。必要ないという考えの方は尊重されるべきです。

というような一連の思考の末、必要ないという方がいれば、まあ必要ないんだなと見守るしかないわけです。

葬儀や、お寺の法要に参る際、持つか持たんかどっちがいいんですか?と聞かれたら、持った方がいいと答えます。

それは、義理や決まり事という意味ではありません


※カラフルな子ども念珠

仏教以外の信仰がないのであれば持ってもいいのでは?

上座部仏教のように戒律を重んじて生活してない私たち日本人が、仏様に対して手を合わせる時くらい、失礼がないよう心を正装するという意味で、念珠を手にかけてもよいのではないでしょうか。

そして、わかりやすいたとえだと、大切な方に会うために「背広にネクタイ」をした方がいいのと同じように考えてくださいというお話をします。逆に言うと、ノーネクタイでも失礼がないように完璧なおもてなしができている人は、格好にこだわる必要がないとも言えます。とても難しいことですけどね。

持たなきゃダメなの?って考えていた方は、参考にしてください。

※この記事は2015年に投稿され、2017年に加筆修正されております。

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紐房の数珠 輪の謎

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

今回は紐房(ひもふさ)の話です。男性用も紐じゃなくて房じゃないの?という方も、宗旨(しゅうし)、地域によっては多いかもしれませんが、その話はまたいつか。

足先の輪の部分の話

紐房の輪

真は八本足になる組み方ですが、そのうち6本は切りっぱなし、一か所が輪になっています。この状態でお渡しすると、切忘れだと思って、ご自分で切ってしまう方が結構います。
電話をいただいて、「切忘れたんでしょ?」というお問い合わせも多いです。

使いなれた方はご存知だと思いますが、これはわざとそうしているのであって忘れたわけではありません。

輪を残すのが正式か?

しかし逆に、「すべて切るのは間違いであり、輪を残すのが正式」という方がいますが、これも疑問です。

各宗派の作法関係がまとめられた書籍の他、すべてではありませんが、各宗派本山を通じた機関に問い合わせても、この輪に関することは、全く触れられることはありません。

この輪の正体ははいったい・・

房の形の歴史をたどる資料というのはほとんど見つからないため、僕が知りうる範囲で経験的な話ですが、そもそも、この8本足に組み方でさえ、そんなに歴史はないように思います。

現在ご健在で年配の方は、1本の紐で編んだ4本足のもの(写真左の白色の形)を使っています。これも、2本は切れ端、2本は輪になっています。これがアミ紐房とも呼ばれるようになりました。

さらにもう一世代上(亡くなったおじいさんの形見ということで修理を預かることがあります)になると、編み込みがなく玉の下でつゆ結びしただけのもの(写真右の黄色の形)をつかっています。

IMGP2201

ここまで来ると、輪を残すかどうかというより、単に1本の紐を切らずに編んだという形が見えてきます。付け根を編み込んでいないので、無理に輪を切ってしまうと簡単に紐が抜けてきます。おそらく、この昔のスタイルの名残で、飾り編みをするようになった今も習慣的に輪を残しているのだろうなと、想像しています。

長岡念珠店としての結論は、基本的に輪を残す。

当店で制作する際には、特殊な編み方を指示されなければ基本的に輪を残すようにしています。気になる方は切っても問題ないですが、一般的には、輪を残して使われている方が多いかと思います。

輪を残す理由がなにかと聞かれましたら、それが正式とか意味があるとかではなく、「そのほうが粋」というところでしょうか。こった結び方でも上手く輪を残して仕上げるというのは、多少の手間とちょっとしたコツも必要になります。その面倒をあえてやるのが「粋」かなと。

各お寺のご住職様に任せている部分もあるようで、絶対的な正解はありません。お付き合いの住職様や家族親戚の先輩方と相談しながらそれぞれの結論を見つけていくのが、また、良きご縁となるのではないでしょうか。

※2014年に投稿され、2017年に加筆、修正しています。

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幌延町法昌寺様 報恩講

北海道もやっと春らしくなってきました。

4月23日は、サロベツ原野のお寺、法昌寺様の報恩講へお参りさせていだきました。
本州の方(札幌の方でさえ・・)は、ピンとこないかもしれませんが、法昌寺様がある幌延町下沼というところは、300kmほど離れています。東京から福島市くらいの距離ですね。


幸い天気は良くて、ドライブ日和でした。
いつもは荒海のイメージが強い日本海も、この日はベタ凪(なぎ)。写真は小平町です。


サロベツ原野の端に不気味に立ち並ぶ、オトンルイ風力発電所。
他には何もなくて写真ではスケール感が伝わりませんが、風車の高さは99メートルもあるらしいですよ。


こんな日は、海の向こうに利尻富士も見えます。頂上付近は雲をかぶっていました。
それにしても、地平線よりも建物の方がめずらしいと思うような景色。

到着


天気が良く、道中は走りやすかったです。
法昌寺様は浄土真宗本願寺派のお寺です。お寺の周りは、原野、牧草、牛。僕にとっては見慣れた景色ですが、都会暮らしの方は驚く環境ですね。

布教使は、妹背牛町(もせうしちょう)法忍寺様の若院さん。

本堂横で、念珠も並べさせていただきました。
帰り際に声をかけてくれたおばあちゃんは、「とっても楽しかったですよ」と。

対面販売というのは、商売人としてはいわばライブのようなものです。
ライブ会場でファンのみなさまと接するのは、こちらにとっても有意義で楽しい時間です。

お勤め

正信偈(しょうしんげ)が声たからかに勤まりました。

ハートフルなご法話にみなさん熱心に耳を傾けていました。

ベテラン布教使の巧みな話術で心をつかむお話もすごいなと思いますが、最近は30~40代の若手僧侶のしっとりと落ち着いた口調で語りかけるスタイルも定着してきました。

「わかりやすい」という感想がつい出てしまいますが、感想としてあまりにチープ。聞いている方にとっては、話し手が思っている以上に心に残るお話だと思います。お寺では60代以上が圧倒多数ですが、もっと、若い世代にもきいてほしいですね。

変わりゆく法要のスタイル

法昌寺様はいままで9月にやっていた法要ですが、今年は諸事情もあって4月に移行されました。
例年よりも大変お参りの数が多かったそうです。
酪農家が多い地域ですので、9月は牧草の仕事が忙しいんですって。

お寺は昔からの習慣や伝統、宗派や地域のしがらみもあるかとは思いますが、「みんなが参れる」に重きをおいて、柔軟に変化していくことも必要な時代だなということ感じました。

********

この時期なので、普段いないところにまで結構シカが多いのです。
秋と違って、シカの表情も穏やかではありますが、郊外を運転する方はご注意くださいね。

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2つ目に持つ数珠

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

●え?念珠って、2つ持ってもいいの?

って思った方がいるかもしれません。
結論から言いますと、全く問題ありません。

ただ、いくつも使い分けている方は少数派かもしれません。

メガネに例えるとわかりやすいですね。視力を補正することが目的ですから、一つあれば用は足りるんです。実際にそういう方がほとんどです。
でも、おしゃれな方や、場所に応じて気遣いをする方は、ビジネス用、プライベート用、レジャー用と使い分けることがあります。

●念珠も同じです

葬儀、法事だけでなく、普段の法要、お墓参り、寺院観光などでもどんどん使っていただきたいと思います。全部同じ念珠でも悪いことは何もありませんが、使い分けていただくことが粋だなということはわかっていただけると思います。

法事だって、七回忌を過ぎたら一周忌、三回忌とは違う念珠を持つのもいいのかなというのが、個人的な考えです。

 

例えば、臨済宗相国寺派の禅寺、鹿苑寺(ろくおんじ)といえば?
そうあの有名な通称「金閣寺」です。修学旅行を含め、1度は行ったことがある方がほとんどかと思います。

●ところで参拝しましたか?

観光地として有名になったお寺でありがちなのは、ただ「ほー」とか「へー」とか言いながら見物して帰ってきてしまうということです。
自分自身そうでしたね。(今はそれなりに大人になりました)

どこかで仏教をたしなんでいる自覚があれば、しかるべき場所で手を合わせてお参りしてくるというのがいいと思います。

こういう方は、当然のごとく、二つ目以降の念珠がほしくなっていることでしょう。

せっかくなので、いくつかご紹介します。
商品の詳細は画像をクリックしてください。


最近はすっかり看板娘として定着している貴石のミックスは、眺めているだけでハッピーになれそうなカラーです。旅行に持ち歩くにも素敵ですね。


こんなのもあります。黄水晶と玻璃オパール(ガラスをオパールのよな風合いに加工された素材)のミックスです。


よく見ると、一粒ずつハート型になっているんですよ。


男性には、こちらはいかがでしょうか。
ちょっと珍しい、「アズライト」という天然石です。紺色の色がすんだ部分だけ取り出すと宝石として扱われるものです。

若い方に評判がいいですが、僕の個人的なイメージでは、ちょっと年配のシブイおじさまにも、オススメしたいと思っています。服装がどうしても地味になりがちな方は、ワンポイント手元が明るいのが、とてもおしゃれです。

●結局はお好みで・・

と言ってしまえば無責任に聞こえますが、もちろんご相談の上です。持ち歩きやすい軽さが重視なのか、丈夫さ重視か、デザインで選ぶか、素材で選ぶか。人それぞれ、ピンとくるポイントは違いますからね。

ご相談の際、初めての念珠なのか、二つ目以降なのか、どんなご縁でこのたび購入しようと思ったかも一緒にお話いただくと、選ぶときにスムーズだと思います。

ぜひ、二つ目の念珠、ご検討なさってみてはいかがでしょうか?

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琥珀(こはく)ってなに? 琥珀の数珠はお高い。

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

「琥珀(こはく)」とはどんなものかをお話ししましょう。

琥珀はお高い!

念珠で「一番高いのってなんですか?」という質問をよくうけるのですが、ある程度の供給ルートが確保できる範囲では、琥珀(こはく)が一番高いです。

余談になりますが、超高級な香木もあります。
沈香(じんこう)ならば、有るときはある。伽羅(きゃら)になると、1g数万円の世界ですが、僕も伽羅念珠の実物はみたことありません。

さて、琥珀に話を戻しますが、意外と「琥珀」ときいて、それが何者なのかピンとこない方も多いようです。

琥珀とは何か。

琥珀とは、天然樹脂が数千万年前かけて化石になったものです。

天然樹脂とは、松ヤニや漆のような植物だけでなく、動物の脂や鉱物でも存在します。
そういったものが化石になって琥珀となります。
古代の中国では虎が溶けて固まって、琥珀になると信じられていたんですね。それで、「琥」という字がはいると聞いたことがあります。


グラデーション状に並べられた男性向け琥珀念珠

コパールは、琥珀になりきれていない

コパールという年数が若いものもあり、こちらは琥珀と区別されています。
若いといっても1000万年以上は経っているとも言われています。

虫入り琥珀は要注意

皆さんの年代によっては、映画『ジュラシックパーク』で恐竜の時代の虫が入っていた琥珀を思い出すかもしれません。実際にはそこからDNAを採取する技術はないそうですけどね。しかし、本当に虫が入った琥珀というのは存在します。

本当に当時の虫入り琥珀はとんでもなく高価なものですが、現代になってから人工的に虫を入れて製造されているものも出回っています。偽物は虫の足が折れている、なんてことも聞いたことがありますが、真意のほどはわかりません。そもそも、足を折らずに虫を入れる技術がとっくにできているような気がします。いつの時代も偽物業者の技術はすごいです。

ここで一つ疑問に思いませんか。化石の中にどうやって虫を入れているか。
実は琥珀はもともと樹脂ですので、熱で溶かすことができます。一度溶かして虫を入れるのです。

琥珀になりきれていないコパールはさらに融点が低くて作業しやすいので、虫入り琥珀の偽物として、ずいぶん出回っているようです。購入を検討されている方はご注意くださいね。

琥珀の魅力

琥珀のモース硬度は2.5といいますから、人間の爪と同じ程度の堅さです。
実物を触っていただくとわかりますが、柔らかい感触があります。
この、なんとも手になじむ心地良さは、使っている人しかわかりません。

そして、小さな粒でも遥か昔の世界を閉じ込めた琥珀ですから、なんともロマンを感じます。


北海道産ミズナラの琥珀仕立(ポイントだけ琥珀)

琥珀のデメリット

購入が難しいです。天然、コパール、圧縮、プラスチックなど、似て非なるものがいろいろあります。
販売している業者も、琥珀の専門家ではなく、仕入れ先が琥珀といったら琥珀だと思って売っていることが多いです。(僕は性格が悪いので、あれこれ詮索したり鑑定実験をしたりします)
質の善し悪しどころか、プラスチックと琥珀の区別も慣れていないと結構難しいです。なれると触ればほぼわかりますが、簡単に鑑定する方法もいくつかあります。それはまた別の機会に、ご紹介します。

そしてもう一つ、柔らかいのは逆にデメリットでもあります。とても脆いです。
仕立ての際にも結構気をつかいます。
通常の使用では滅多なことはありませんが、なにかの拍子で房を急に引っ張ったり、堅い物の角にぶつけたりすると水晶などと比べると欠けたり、傷がついたりしやすいです。

~・~・~・~・~

それでも、琥珀はいい物です。天然石のような派手さはありませんが、一生付き合っていける心地よさがあります。

恋人にするなら天然石、結婚するなら琥珀。・・わかりずらいか。苦笑
そんな、魅力ある琥珀の念珠、機会があればぜひお手にとってみてください。

琥珀については、さらにマニアックな話を次回は書こうと思っています。

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他人の数珠を使ってもいいの?

※(当ブログでは、念珠=数珠として書いています。文脈上の理由などから混在することがありますが、ご了承ください)

Q:「亡くなった親の念珠を使ってもいいのですか?」
A:(長岡の見解)ぜひ使ってください。必要ならきれいに修理しましょう。

Q:「他人の念珠を借りるのは良くないことですか?」
A:(長岡の見解)仏式に合掌する意思があるのならば、(仏教的理由ではなく一般マナーとして)自分用を持つべきですね。やむを得ない場合は借りてでも使いましょう。

この類(たぐ)いの、他人の念珠を使ってもいいのかという疑問をお持ちの方は多いです。
疑問というか、「使ってはダメらしい」と漠然(ばくぜん)と考えているかと思います。

一般には、他人の念珠は使ってはいけないと言われていますが、僕の個人的な想いでは、そうは考えていません。その理由は、他人の念珠を使ってはダメという、仏教の観点から納得できる根拠(こんきょ)が見当たらないからです。

●譲り受け、貸し借りが悪い理由は?

仏教の法具としての観点ではなく、習俗やマナーがまじって、誤解があるように思います。

貸し借りが悪い理由が、「お守りだから」「それぞれの人の念が入っているから」「数珠は持つ人の分身」などということであれば、そう考えない宗派ではOKということになってしまいます。

日本人は何かと、神がかった物事に理由をつけて納得するような習慣があります。そこで、誰が言い始めたのか、様々な理由を後付けしては、貸し借りや、他人からもらたっりするものではないという習慣も生まれたのではないでしょうか。

葬儀や法事のマナーという意味では、大事な法具(仏具に対して、仏教儀式で人がつかう道具を「ほうぐ」という)を貸し借りするというのは、理屈抜きに不自然です。

僕はよく念珠の存在意義をネクタイに例えます。

大切なお得意先に会うときだけ「ちょっとネクタイ貸して」というのは、大人としてどうでしょうか。やむを得ない場合はあっても、「借りればいいから買う必要ない」というのは、明らかに怠慢だしマナー違反です。

もう一つ理由があるとすれば、過去に念珠を売ってきた業者が、「何か理由をつけなければ、次の念珠を買ってもらえない」ということはないでしょうか。「故人の念が入ってますので、使うべきではない」というのは、実にありそうな売り文句です。

人は悲しみを断ち切れません。悲しみは悲しみと受け止めて、故人の念珠も使える形にし、大切に受け継いでいくことが良いというのが、個人的な意見です。

「それだと念珠やさん儲からないでしょ」と心配してくださる方もいますが、実際のところご両親の念珠を直してまで使う方は、それとは別に立派な念珠を買ってくださる方が多いです。それに、子ども、孫にも持たせなければという意識が高いです。

「自分の念珠を持つべき、どうしてもなければその場は借りてでも使ってほしい」と思っています。神道やキリスト教の方が仏式の葬儀に参列する際は、相手に合わせて持つ必要はありません。

●念珠を次の世代へ

念珠は108個の玉をつないで・・ということは、聞いたことがあると思います。
言い伝えでは、お釈迦さまがその108個を弟子に分けたとなっております。
2分の1で54個、3分の1で36個、4分の1で27個、5分の1で18個・・・

それが、本当か作り話かはわかりません。伝説ですからね。
それでも、このような話が残っているくらいですので、次世代へ受け継ぐというのは、むしろ推奨されるべきことじゃないでしょうか。

そこから、略式念珠は「整数分の1」という習慣が今でもあります。
(習慣があるだけで、実際には数にこだわらない略式が多いです)


本式と同じ配列で54玉にした半連ブレス念珠

おばあちゃんの本連念珠をばらして、3つの子供用念珠ができました。3人の孫たちへというリフォームの仕事です。こんなとき作っている僕らまでほっこりします。


今では手に入れるのが難しい赤サンゴです。親玉にはルチルクォーツが入っています。

いずれにしても、こういったことは、誰かが言ったから正しいと鵜呑み(うのみ)にしてはいけません。他人の意見は参考にしながら、自分なりに納得できる答えを模索していくのが、一番いいと思います。

仏教っぽい(?)あいまいな理由に関しては、そう言うことで、自分の念珠を持たなければいけないなと思わせるための方便という見方もありますけどね。ただ、そのまま、まことしやか広まっているのは疑問に感じます。

念珠のことで、どうしたらいいだろうと困ったときには、どんなことでもご相談ください。
一緒に解決の道を探しましょう。

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