うんちく

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その数珠の玉って、本物ですか?

本物の素材とは

偽物を掴まされる心配

念珠をお求めの際に、皆さんが心配になることだと思います。

念珠売り場ではたくさんの天然石、木材、珍しい木の実などがならび、宝石の世界でも昔からある話ですが、はたして、本物だろうか?という心配です。

ご年配のおじさんが良くいう台詞ですが「安物はダメだ」というのがあります。つまり、ある程度の値段をのものを買った方が、失敗が少ないと言う意味だと思います。

これは、半分正解ですが、もう半分は危険もはらんでいて、その心理を利用して、粗悪品や偽物でも、高くすると逆に売りやすいという心無い商売をしている輩もいるのは確かです。

「本物」の定義

「おたくの念珠の玉は本物だろうね?」ということも、たまに聞かれますが、これは実に難しい質問です。

なぜなら、今や「本物」の定義が実に曖昧になっているからです。

たとえば昔は、本物の水晶、そしてそれの模造品として、たとえば質の悪いガラス玉、もっと安価な物になると、透明のプラスチック。

ですから、「本物」といえば、いちばん高価で見た目も美しい水晶かどうかということが問われたわけです。

本物より上等な偽物、人工的に作られた本物

近年の場合。

同じく水晶を例に挙げると、天然の本水晶(上等なもの~ランクの低いもの)、結晶を人工精製された本物の水晶、溶錬水晶(という名の綺麗なガラス)、上ハリ(という名の綺麗なガラス)、普通のガラス玉等いろいろ有るわけです。

人工精製された本物の水晶となると、言うなれば養殖みたいなもので、鑑定しても水晶です。天然と養殖の鯛みたいなもので、養殖が偽物というわけでもありません。

何も知らずに溶錬水晶と聞いて「水晶ですよ!」と販売している業者も多く、それは論外だとは思います。 いずれにしてもガラスは偽物の水晶だろう?と聞かれたら、その通りです。しかし、ブラジル産になると、天然水晶だからと言ってもランクの低いものはガラスよりも安いというのが現実で、見た目にも、上質なガラスの方が見栄えがいいということもあります。

ですから、水晶だと騙されたならガラスは偽物ですが、ガラスの念珠を買うという理解の上なら、悪い選択じゃない場合もあります。実は、僧侶向けの装束念珠では、「上ハリ」の名前で、水晶のものよりも、質の良いガラス念珠の方がたくさん流通しています。

ただ、実用的にはとことん使い込んでも美しさを保つのはやはり水晶で、ガラスは硬度低い分、細かい傷で曇ってきます。

天然石

見た目を変えたり整えたり

エハンスメント、トリートメントなどの専門用語がありますが、要するに色味を揃えたり、発色を良くより美しく見せるような処理をすることです。

素材は正真正銘本物でも、原石を掘って削っただけというものはほぼなく、何かしらの処理がされている事がほとんどです。

これによって、自然界では極めて稀少な(または存在しない)ものが、人工的に加熱したり、放射線を照射して作れてしまうのです。

どこまでが本物かというのは、宝石屋さんの言い分があるかと思いますが、ここでは割愛します。当店では、必要に応じて「手が加えられています」という説明はしています。

照射処理ブルークォーツ。
カットや擦り加工など表面も凝ったデザイン。

染色

加熱や放射線だけでなく染料で元の石の色を変えてしまっているものもあります。

たとえば最近は、「○○ジェード」と呼ばれるカラフルな石が沢山出回っておりますが、もちろんジェード(翡翠)の一種ではなく、クォーツァイトであることが多いです。クォーツァイトとは水晶が砂状になって再結合したもので、染料が綺麗に入るので処理しやすいのだそうです。

中には、本当に品質が悪く、ただ単にインクに漬けたようなもの玉もあり、こうなると、手の汗でインクが滲んできたりと、酷いことになります。当然ですが、ここまで来ると当店の商品には使っていません。

メノウの仲間も、結晶構造上、染色しやすいので、色のバリエーションが多いです。

染色については、他の処理同様、どこまでが本物かと定義するのは難しいです。これも、製造工程がしっかりしていて、実用的な耐久性を備えているもので有れば、問題無いかと思います。

木玉

黒檀、紫檀、鉄刀木(タガヤサン)等の一般的な唐木(からき)と呼ばれているものをはじめ、生命樹、その他国産の木などいろいろあります。

これらも、完全なる素挽き(削りっぱなしで完成)というのは、手間も材料コストもかかる上、色味を揃えるのが難しかったり、ある程度予算的な妥協があれば見栄えがしないので、かなりマニア好みの選択になります。ですから、ある程度の上塗りがされていることの方が普通です。

木材は手の脂を吸いますので、よく触るほどに色が濃く、つやが出てきます。しかし、それと同時に上塗りの仕上げ剤が落ちてきますので、種類によってはいったん色が明るくなるものもあります。

その変化も、「味」として楽しめる方もいれば「劣化」に感じてしまう方もいます。「色が剥げたので、偽物だったのかしら?」ということもたまに聞かれますが、手の脂が少ないご年配の方が、頻繁に使い倒せば、手の脂を吸い込むよりも、上塗りが落ちる方が気になるということは十分にありえます。

一般に唐木は、建材の世界では高級品ですが、念珠になるとちいさな端材も使えるほか、木材の質を上塗りなどの加工技術でカバー出来る部分もあり、ずいぶん安く流通しています。定番になるほど、大量生産されているため、価格崩壊していると言うこともあると思います。

「本物の黒檀がこんなに安いわけないだろ?」と言われたこともありますが、それらのような様々な理由で、念珠の場合、それほど高くはなりません。

木の実

代表的なところで、菩提樹の実というのが、あります。
お経の中では「菩提子」と書かれています。

「本物の菩提樹」となると、これまた難しい質問で、過去の記事にもしていますので、ご興味があればご覧ください。

○○菩提樹と呼ばれる素材はたくさんあり、それぞれまったく別な植物になります。

また、原実のまま、丸く加工したもの、色を漂白したものなどいろいろ有りまして、これも、なるべく手を加えない方が好きという方がいますし、高度に加工されたものは本物ではないということもありません。

その他、琥珀やサンゴなどになると、もっと面倒な事情が絡んできますが、これも気になる方は、過去の記事を検索してみてください。

まとめ

本物かどうか?というのは、今はとても難しい質問です。

考えていきたいこと

ひとつは、公称通りの素材かということ。

表示と違うなんて、そんなこと許されるの?と思われるかもしれませんが、念珠の世界では未だにありますし、そもそも騙す気がなくても、通称名がすでに誤解を招く表現になっている場合も多いです。

そこに関しては、できる限りの情報(鉱物的なデータなど)を収集し、皆様にどういうものかお伝え出来ればと思っています。

もう一つは、実用に耐えうるかということ。

いくら綺麗でも、どんなに珍しい素材でも、実用的な強度がない物は排除していきたいと思っています。極端に割れやすいとか、色移りするような粗悪な染色。

ただ、使い方によっては、経年劣化が早い事もありますのでグレーなものもありますが、そこは検証しながら将来も考えて行きたいと思っています。

本物かどうか?

改めて、本物かどうか?について極論で考えますと、天然手つかずの素材か?という意味で質問された場合には、そういったものは、ほぼありませんと答えます。

それぞれの素材について詳しく知りたいお客様の場合は、知りうる限りの情報を提供しています。

人工石や染色したものはどうなんですか?ということになりますと、安心して永年つかえるものであれば、まったく問題無いのではないでしょう、というのが、当店の結論になります。

立場によっては認めたくないというかたもいるかもしれませんが、仏教法具としては、天然素材かどうかというこだわりにはあまり意味を感じません。

また、「天然の未加工に近い素材」が「良い素材」とは限らないということも、重ねてお伝えしておきます。天然の粗悪品もあれば、人工の良品もあるといういことです。

当店ではそのように考えて、念珠の素材仕入を考えています。

私の数珠は、偽物だった・・・

「水晶だって思っていたのに、水晶じゃないの?」
「ヒスイって書いて売ってたのに、翡翠じゃないなんて・・」ということは、実によくあるはなしです。

過去に高い値段で買ってしまったというのであれば、確かにショックかもしれませんが、頂きものであったり、先代から譲り受けたものということになれば、素材自体がどうこうという以上の価値がそこにはあります。

そういった、「私と数珠との関係」における価値というのは、素材の真偽に振り回されることはありません。

「高いモノじゃないのはわかってますが、私にとっては本当に大切なモノなんです」とお聞きして、修理を承ることも多いです。これこそが、大切な心の持ち様だと思いますし、逆に、そんなことにはとらわれませんというのも、また仏教らしいあり方ですね。

ご購入の際、気になることがあれば、知り得る限りの情報提供はしますので、お気軽にお問合せください。

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美しい念珠は罪か?

念珠をお求めいただくにいただくにあたって、とうぜん、宗派や用途などで制限はあるものの、最終的には「好み」というのがいちばんの選択理由になるわけです。

真面目な人は、ここで疑問に感じるかもしれません。

かわいいとか、好きとか、お洒落とか・・そんなことで、念珠を選んで良いのだろうか?という問題です。

念珠の外見はどうあるべきか。

念珠はアクセサリーですか?

「はい、アクセサリーみたいなもんですよ。」と、僕は言ってしまいます。

しかし、話が飛躍しすぎて、お坊さん達に怒られそうですので、順を追って言い訳しておきます。

近現代に書かれた念珠に関する専門書というのは、数えるほどしかないのですが、どの本の中で何度も「念珠は愛用すべきではない」「念珠は外見を飾るものではない」ということを言われております。

柔らかい言葉で言い換えると、アクセサリーの様に自分を飾ったり、好き好んで美しいデザインのもの、高価な物を求めるようなことはしてはいけないと言うことです。

宗源の念珠

宗源(そうげん)という方がいます。真言宗を極め、天台宗を経て、のちに法然様に帰依したといわれています。そうとう頭の切れる方だったんでしょうね。

法義にも詳しく、宗源さんを慕う人も多かったそうです。
そんな中、あるご婦人から大変高価な沈香(じんこう)の念珠をもらったというのです。
沈香とは、よく知られた白檀よりもはるかに値段の高い香木です。現代でも数十万円も出せば実際に作る事が出来ますが、産出量減り、年々値上がりしています。

宗源さんは、とても気に入ったこの念珠を愛用し、昼夜怠りなく念仏を唱え、熱心に修行に励んだといいます。

ところが、不思議なことにある修行者が突然現れ、「この念珠は修行の邪魔だ!」と沈香の念珠を奪い取って、火の中に投げ入れてしまいました。

このお話の、史実は本当かどうかはわかりません。ただ、「立派な念珠だ」、「他人より良いものだ」という慢心を戒めたエピソードなのでしょう。

やっぱりアクセサリー感覚はだめなんじゃ?

ダメというか、美しい素材や高価であることなんていうのは、仏教としての価値はないというこは言っておきましょう。たしかに、その執着心や慢心は、僧侶にとっては修行の妨げにもなりましょう。

では、一般在家の方、とりわけ仏縁の薄い現代の方に寄り添って、念珠の存在意義を考えてみましょう。

本来の、数取りの道具としての意味や、祈りの法具という儀式的な意味もとうぜんあるかとは思います。一般の人に念珠を勧めるいちばんの理由は、普段の生活をしている俗な時間と、仏様に合掌、礼拝するときの神聖な時間を区別する唯一のアイテムが念珠であると言うことです。

その神聖な時間をより大切に迎える為に、気に入った念珠を持つということは、素晴らしいことだと思うです。

正しい道へ導く手立てのことを、方便(ほうべん)と言います。

念珠は、存在そのものが方便だと思うのです。
「気に入った色柄、素材のものを身につけたい」
すでに仏道を歩んでいる修行僧にとっては障りになるでしょうが、一般の人が、仏縁に遇っていくためにはとても有意義なご縁になると思っているのです。

仏像、そして袈裟

多くの仏像はなんのためにあるのでしょうか。大変上等な細工がされて、本来は姿形がない仏様の姿を、わざわざ目で見て納得出来るように作っているのです。しかも、それらは大変美しく、高度な技で作れています。

袈裟ももともとは拾い集めたものや、使い古して伏せされたボロ布を縫い合わせて作ったものです。しかし、現代では上等な絹織りの地に豪華絢爛な刺繍が施されています。

臨済録の様な厳しいことを書かれた教えにあえば、必要ないものになるのでしょうが、世間一般的な目線で考えると、やはり仏像は立派な方が、お坊さんも綺麗な身なりでいる方がありがたいというものです。

立派な仏像や袈裟は、僧侶のエゴで発展したわけではなく、神聖さを求めた在家側の要望答えた形だったのではないでしょうか。(一言イジワルを言っておくと、今も昔も僧侶のエゴが全くないとはいいません。僧侶も人間ですからね。)

そのように考えると、念珠も同じように、より美しいもの、立派ものを求めたいという方には、方便としてぜひ勧めたいと思うのです。

気持ちがこもっていて大事にされるのなら、汚いものでかまいませんというのは、非常にハードルが高い理想のように思います。

したがって、念珠も、それなりに立派で美しいと感じるものを持つべきだと考えています。

念珠はアクセサリーの真意

かわいい念珠がほしい

方便として(仏教に出遇い、その縁が深まっていくために)、美しい仏像や袈裟と同様に、美しい念珠も有意義であることをお話ししました。

身につけた人の気運を高める道具、今風に言えば、「アガるアイテム」ですから、まさにこれアクセサリーに他ならないと考えるわけです。

華美なものを求めて喜んでいるのは本来の意味がウンヌン・・等というのは、もっと仏教との縁が深まってから、それぞれのタイミングで気づいていけば良いことであって、「かわいい念珠がほしい」という人に対して否定的になる必要ないと思っています。

お気に入りの念珠を縁に

お気に入りのお寺、お気に入りの僧侶に遇ってください。
自分に合った教えに遇えた人は幸いです。

いつの間にか御香の香りが身にしみてきたような人には、気に入った念珠に依存しない、また、次のステップがきっと開けてくると思います。

まずは、好きな念珠を楽しんで。
それが、念珠屋からの提案です。

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念珠オンデマンド「最近」念珠屋が考えていること その2

念珠屋は商売になるのか

「よく食って行けますね」

と皮肉を込めて言われることがあります。

結論からいうと、念珠屋だからということではなくて、好きなことをやりながら、小さく食っていく程度ならなんでも商売は成り立つと思います。

文明の利器は非常に強力で、一昔前なら大手企業や専門家にしかできなかった特殊な技術が必要なこと、沢山の経費が必要だったことが、何でも個人用のパソコンでできてしまいます。

インターネットの力は偉大で、膨大な時間と交通費をかけて名刺を配って歩かなくても、莫大な広告費をかけて、テレビCMや新聞の折り込みチラシをいれなくても、このブログも含めて、ウェブサイトやSNSを通じて、多くの人と繋がることができます。

足で営業して、接待と莫大な広告費をかけ、DIYの発想がない世代の方は首をかしげます。

コンテンツマーケティング

近年、ネットを使ってビジネス展開している人なら、当然踏まえている事だと思いますが、コンテンツマーケティングということがしきりに言われています。

ピンとこない人のために簡単に説明しますと、昔のように商品の宣伝、広告を流布するのではなく、ネット上にお客さんが欲しがっている価値ある情報を積み上げていくことで、将来の見込み客を育成するという手法です。

それが流行って何が起きているか。

念珠を扱っている業者は、こぞって念珠に関する知識を何かの本に習って、一生懸命書きまくっているわけです。業界全体で、盛り上がるというのはとても良い傾向だと思うのですが、一方で批判したい部分もあります。

あまり書くと、他社の悪口になりますのでほどほどにしますが、それらの積み上げているコンテンツというのは、内容を理解していると思えない状態のまま、本の丸写しだったり、とても限定的な内容をあたかもそれが全国共通の正式な回答であるかのように書かれていることが多いです。

たとえば宗派による念珠の形の違いというのは、まったく実情と合っていないことが多いです。マナー講師による念珠の扱い方に至っては、目も当てられないこともあります。

これはたぶん念珠だけじゃなくて、情報がカオスになっているこれこそが「ザ・インターネット」の世界なんでしょうけど。

僕が発信したいことは、不確かなことを物知りぶって書きたいわけではなく、念珠のことを追求していくうちに、わかったこと、気づいたことの感動や面白さを共有したいということにあるのです。

ですから、具体的に念珠の事を書くときには「~だったかもしれません」とか、「~と言われることもあります」という逃げた表現が多くなると思いますが、地域、時代、宗派などの歴史や文化を無視して断定出来ることというのは、実はほとんど無いのです。

チャレンジ、チャレンジ、チャレンジ

たまたま浮かんだアイディアひとつで大成功した企業というのは、聞いたことがありません。成功者はみな、信じられないくらいの失敗を重ねた中で、やっとひとつのアタリが出ています。

先代の商売を継いだ方でしたら、完成した利益システムがあると思いますので、そちらに大部分の時間が取られてしまうでしょう。僕の場合は初代ですので、厳しさもありますが、そういうしがらみがありません。

そろそろ、「なかなかものにならんヤツ」というイメージになりつつあるのかもしれませんが、日々、新しい試みへ挑戦する姿勢は変えずに続けようと思っています。

最新のチャレンジは?

念珠オンデマンド

ほら、いよいよ意味がわかりませんね?笑

オンデマンドという言葉自体は、聞いたことがあるかもしれません。テレビやラジオでも、みたい番組を見たいときに見られるシステムをオンデマンド放送なんて呼ばれています。印刷業界でも、オフセットによる大量印刷ではなく、その時に必要な分だけ少部数印刷することをオンデマンド印刷といいます。

念珠も、極小ロットで面白いものが作れないか?という発想が、「念珠オンデマンド」です。

製造業には厳しい多種少量の念珠

念珠というは、すべて手工芸品の様に思っている方が多いと思うのですが、意外にも大量生産品という側面もあります。たしかに手作業の部分は多いとはいえ、大量の流れ作業ということも少なからずあります。

「略式」や「八宗用」と呼ばれている形は、宗教的な理由で進化したものではなく、なるべく同じ形にしてくれた方が、制作、販売のコストダウンができるという業者側の意図しか感じられません。

ただ、そのおかげで一般の人でも簡単に念珠を手にすることができるようになったと考えれば、一概に批判もできないのですけど。

うちのように少人数態勢で1連ずつ手作りをしていても、価格は大人数の大手企業や機械編みで大量生産できるものに引っ張られてしまいます。

仕立作業もそうですが、玉の制作に至っては、5連や10連分の玉を依頼することはコスト的にできないのです。今までは手に入る材料の組み合わせで差別化をはかろうとしましたが、せっかくのアイディアも老舗、大手が同じ事をしたら、それはとても敵いません。

今までに発売した北海道産の木を使ったシリーズも、ある程度数をさばける形にしぼって作りましたが、その1でも書いたように、やはり念珠は「百人百色」。2人目には違う形が欲しいと言われてしまうのです。

たった1連でも・・・

そこで、ここ数年ずっと構想を練ってきたのが、たった1連でも木材から玉をリーズナブルに切り出せないかということです。

今年は、要望通りの機械を作ってくれる企業がみつかり、資金的にもありがたいご縁があり、さらには、自作の工作機械をいくつか組み合わせて、実現率はすでに95%くらいにはなっています。残りの5%は、最終調整というところまで来ました。

これで、本当にオリジナルの念珠を1連分だけ、玉から切り出して作る事が可能になります。しかも従来の念珠の相場の範囲内の価格で作ると言うことも可能になるわけです。まさに、「念珠オンデマンド」です。

北海道の樺の木を使った念珠
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「最近」念珠屋が考えていること その1

このブログのタイトルは

ブログのタイトルは「念珠屋が考えていること」なんです。

念珠の知識的なコンテンツはまだまだ書き切れないことが大量にありますし、そういうマニアックな読者も沢山いらしゃるようで、今後もチェックして欲しいとは思っています。

でも、たまには悶々と考えていることを徒然書くのもいいかなと思っています。

多くの人が仏教と出遇えますように

念珠だって百人百色

世界は実に多様化していて、念珠というとても極限定された世界だけを見ても、それぞれの方の好みも、念珠を持つ意味も、購入の予算も大きく違います。「十人十色」という言葉は昔からありますが、「百人百色」でも言い過ぎではないと思います。

ですから、「こういうタイプの念珠だけをこだわって作っています」とか、「高級念珠に特化しています」というのは、ビジネススタイルとしてはありかもしれませんが、ビジネスモデルになり得るかというとマーケットが小さすぎるのです。

うちの場合は、こんなのつかって大丈夫なの?って言われるような斬新で派手な念珠も、おじいちゃんが使っていたような古めかしい念珠もつくります。価格でいうと、千円のものもあれば1万円のも10万円のもあります。(100万円クラスはさすがに取り扱ったことがありません。)

安いのは作りが悪いとか、気持ちも値段相応などの理由で安物はダメだという方もいますし、逆に、予算の優先順位が低かったり、道楽で念珠を見せびらかすのはどうなんだということで高いものを嫌う方もいます。

でも、どんな念珠であれ、それが修理であったり、わからないことを相談したいというだけでも、1連の念珠が多くの人を仏教に近づけるご縁になり得ると思っているのです。

お坊さんになれば?

というのは、よく言われることです。

しかし、上座部仏教の長老のように、自身が覚りに近づくこともできなければ、大乗仏教の僧侶のように衆生を導く器量もありません。
親鸞聖人という方が、「非僧非俗(僧侶でも俗人でもない)」と名乗ったのは興味深い表現ではありますが、僕の場合は非僧非俗でもありません。

どう考えても100%俗人でありながら、不思議と「あぁ、ブッダに遇ったな」という実感だけはあるのです。

これは、仏教徒の宣言ではありません。むしろ今でも疑っています。純粋な信仰とは、ちょっと異質の想いです。

またそれは、スピリチュアルな体験を語りたいわけではありません。生きにくい人生をより生きにくく生きていた自分が、仏教との出遇いを境に楽になったのです。

仏教はしばしば薬に例えられますが、良い人生になる特効薬ではありません。抗生物質のように特定の悪いものを取り除く効果もありません。薬で言うなら漢方薬のようもので、長く続けていると、少しずつ体質が改善してくるようなものです。それに漢方薬の種類は千差万別で、どれが自分に合うかも、そう簡単にはわかりません。八万四千とも言われる教えを、そのように感じています。

宗教は飲んでも飲まれるな。そんな風にいつも思っていますので、宗教者には向いていないのです。

軸足

結局、一介の念珠屋がなにができるのかなと考えたときに、念珠を作る、直すということに収束してきます。

楽しくもあり、食うためでもあり、色々なことは試していますが、そこに軸足の置ける大義名分がなければ、いずれ続けるに値しないことになりえます。

思考の途中経過は省略しますが、「なぜこの1連の念珠をお渡しするのか」といえば、表面的には多義的になる場合もありますが、軸足は、「仏教とご縁がありますように」という願いに通じています。

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数珠の玉はなぜ108個か。

念珠(数珠)の玉の数って気にしたことありますか?
念珠の形というのは大昔から実にたくさんの種類があり、玉の数もそれぞれです。

108は最勝

最勝ってなんだ

「最勝」を辞書で引くと「最もすぐれていること。」と出てきます。もともと仏教的な表現なようで、お経の注釈本などには、最勝という表現をしばしば見かけます。

要するに、108個の玉で作った念珠が一番いいということは、よく言われるのですが、いったいなぜ、108が良いのでしょうか。

実際、108個あるの?

お手持ちの念珠の玉の数を数えてみてください。

ちょうど108個だったという方はまずいないと思います。
本連であれば108以上あるでしょうし、片手の略式でしたら30個前後という方が多いかと思います。

では、何が108個かといいますと、俗にいう「主玉(おもだま)」の部分が本連の場合、108個で作ります。

数珠関連の経典もいろいろありますが、具体的には『数珠功徳経(じゅずくどくきょう)』、『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』、『金剛頂瑜伽念誦経(こんごうゆがねんんじゅきょう)』・・等々。

(余談ですが「瑜伽(ゆが)」って変な言葉だなと思ったら、これが「ヨガ」の音訳なんですね。)

これらのお経のなかで、とにかく108が良いということが書かれているので、それに倣って、古代の人はそれぞれの地元で採れる堅い木の実や石等に穴をあけ、108個連ねたのだと思います。

108の意味するところ

108の由来には多くの俗説も

108の由来としては、経典によるものから、明らかに俗説だろうというものまで色々あります。
インチキ臭い俗説も、話のネタとしては面白いので書いておきます。

四苦八苦(しくはっく)って言いますよね?
4✕9(しく)=36、8✕9(はっく)=72、合わせると108の苦しみ。
誰が最初に思いついたかわかりませんが、ネタにしては上手すぎる。
でも、やはり言葉遊びでしょうね。

こんなのもあります。
冬至、夏至、立春等の暦の言葉は時候の挨拶によく出てきます。これらは二十四節気(にじゅうしせっき)といい、さらに細かくわけた七十二侯(しちじゅうにこう)というものがあります。1年の12ヶ月、そしてこの24と72を合わせると108という説もあります。
暦と季節が好きな中国文化と日本文化らしい発想で、綺麗にまとまりましたが、仏教的な根拠は見当たらず、これも俗説だろうと思います。

仏教の108とは?

少し仏教に興味のある人でしたら「108は煩悩の数」というのも聞いたことがあると思います。除夜の鐘も108回鳴らしますね。

煩悩と言いますから、したいこと、欲しいもの、腹が立つこと、かなしいこと・・・毎日足していったら、108で足りるでしょうか。僕は足りませんよ。
語弊を恐れず言ってしまえば、「108個」ではなく、「108種類」の煩悩という方が良いかもしれません。経典等を拠り所とした信憑性のある数え方でも、細かく言えば実にたくさんの説明がありますが、ここではいくつかピックアップしてみたいと思います。

上座部仏教では、見惑(けんわく)が88,思惑(しわく)が10、それに十纏(じってん)を加えて、108とします。見惑とは自分で判断してしまうがゆえに迷うことです。思惑とは善悪はわかっているけど情に流されてしまうことです。 十纏とは、自分にまとわりつく根本的な煩悩です。

日本の伝統仏教は大乗仏教ですから、こちらはよく知られています。
六根(五感+心)が、良い、悪い、どちらでもないの3パターン感じます。それには浄(きよらか)、染(よごれている)の2パターンがあり、さらにそれは現在、過去、未来の3パターン。
よって、6✕3✕2✕3=108パターンの煩悩になるというのです。

半分の54にも深い意味があります。
「菩薩」は修行の末、将来は「如来」となるわけですが、その菩薩の修行の段階が54あるといいます。人は生まれながらにして54の仏性(如来と変わらない本性)を持っていると考える宗旨では、煩悩で見えない54の仏性を54段階の修行で磨いて行くので、合わせると108になるのです。
古い文献を漁ると、弘法大師の時代にはすでに54玉の念珠を二つ合わせて108にしていたようで、54✕2=108という説も、日本では古くから言い伝えられたいたようです。

※いずれの説明も言葉はなるべくかみ砕いてますので、正式な用語を知りたい方は、仏教関連の書籍などを参照してください。

インド人は数字がお好き

仏教のお話しの中には、たくさんの数字が出てきます。インド人は数学に長けているというのは現代でもよく言われますが、古代のインド人も数字が得意だったんでしょうね。「ゼロ」を発明したとも言われています。一、十、百、千、万、億、兆・・・のずっと先は、ほとんど仏教由来の言葉です。

数学の話になると、仏教も10進法だけで発展したとしたら108というのはとても中途半端な数なのです。
この108というのはハミング数といって60のべき乗の数で割りきれることから、時間のように60で一桁繰り上がる60進法を扱うのに都合がよいということが知られています。
60進法の歴史を辿れば、謎多きシュメール人にまで遡りますが、後にバビロニア、そしてヨーロッパや世界に広まり、私たち日本もごく当たり前に時間は60進法を使っています。

ひょっとしてお釈迦様は、世界中の人に馴染みやすく、意味づけをしやすい数字ということで108という数字を知っていて、狙って設定されたのかもしれない・・・というのは108%想像のロマンチックな話です。

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「正しい念珠」それってホント?

お盆はいかがお過ごしでしたでしょうか。

お寺、お墓や納骨堂、各家庭の仏壇など、それぞれに綺麗にしてお盆を迎えられた事かと思います。

正しい念珠とは?

正式な念珠、正しい持ち方、念珠の本当の意味・・・

皆さんご存じですか?

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念珠作りの道具 その2

前投稿の「念珠作りの道具 その1」はいかがでしたか。
その1のご感想はわかりませんが、めげずに「その2」に続きたいと思います。

念珠の道具

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念珠作りの道具 その1

念珠の作り方というのは、なかなか関心が高いようです。

大きな会社になると、高度な機械や、大きな組紐台なんかを使っている場合もありますが、長岡念珠店では拍子抜けするほど、簡単なものしか使っておりません。

完成品を買う方にはまったく必要のない話題かも知れませんが、どうやらこのブログの読者のみなさんはとてもマニアックなかたが多いようですので、普段、どんな道具を使っているか紹介してみます。

念珠の道具

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念珠が無料でもらえる?その深意とは。(後編)

引き続きありがとうございます。

念珠がなぜ無料でもらえるのか。そのプロジェクトに掛ける想いを、前半ではかなり引っ張って、仏教の話からきっかけを与えてくれたクリス・アンダーソン氏の話まで書きました。

前半部分が気になる方は、こちらも↓お読みください。

念珠が無料でもらえる?その深意とは。(前編)

この(後編)では、いよいよ具体的な念珠の話を書いていきます。

念珠が無料になる?

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念珠が無料でもらえる?その深意とは。(前編)

この度、『不要な念珠を回収します&無料で差し上げます』というプロジェクトを立ち上げました。

前代未聞の切り口に、多くの方が、様々な立場からご意見を寄せていただき、大変有り難いことです。

この件に関しては特設サイトを設置していますので、なんの事だかわからないというかたは、まずは、こちらをご覧ください。

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