浄土真宗

念珠のお話しと音楽と。南幌町妙華寺様にて

2018年、今年の秋のお彼岸は、南幌町の妙華寺様にご縁を頂いておりました。

「讃仏偈(さんぶつげ)」のお勤めのあと、貴重なお時間をお借りし、前半は念珠のお話し、そして後半は音楽をお届けしました。

念珠のお話し

私はこうして念珠屋になった

念珠を購入するためには、仏壇店や葬儀屋さん、デパートや宝石店など色々なところで取り扱いがありますが、「念珠店」と銘打って商売をしている企業はとても少ないのです。

本場京都以外では、各宗派のご本山の近くにはありますが、それ以外となると数えるほどしかありません。ましてや北海道の人は、自分の知り合いで念珠屋という人には会ったことがないことがほとんどです。

ですから、なぜ念珠屋なのか、どうやって念珠屋になったのか、それだけでも、しばらく話題が持つくらいよく聞かれることなのです。

ひとことで、ご縁あって・・とは言っても、それは話せば長くなりますが、今回はかいつまんで、お話ししました。

この件について、詳しく知りたい方は、以前の記事をご覧ください。(長いです。すごく・・)

お西さんの念珠

妙華寺様は、浄土真宗本願寺派(お西)のお寺です。

念珠は、宗派ごとに違うらしい、ということをなんとなく知っていても、ご自身の宗派でどういう念珠を選べば良いのかというのは意外とスッキリしていない事が多いです。

実は、本願寺派では、一般の方については特にルールがないということ、それでも、「お西さんらしい念珠」という習慣があること等をお話ししました。

地域には地域の習慣、お寺毎の習慣、そして家庭の習慣ということもありますので、それを無視することはできません。

また、ちょっとした勘違いが定着してまるで決まり事のようになっているというパターンもあり、念珠選びは、ご本人の環境や立場をよく考えて選んだ方が良い場合もあります。

念珠を縁として

最後に、「念珠を縁として、多くの方に仏教に遇って欲しい」というお話をしました。

遠回りかもしれませんが、その為の活動も少しずつ多方面に広げながら試行錯誤中です。

新しいアイディアやあらゆる決断をしなければならないとき、その基本に立ち返り、確認するようにしています。

音楽の時間

仏教を意識して

自分なりの解釈にはなりますが、仏教に出逢って感じた事を歌詞に乗せたオリジナルソング。そして歌謡曲も少々。

隠し芸

水道管の塩ビパイプに穴をあけて作った横笛。アイリッシュフルートをモデルに作っています。

本願寺派のお寺で必ず謳われる、「恩徳讃」の新譜バージョン。そして、仏教賛歌の「念仏」を演奏しました。

反省

実は、1週間ほど前に風邪を引きまして・・

僕はもともと喘息体質で、以前は一年の半分以上咳をしていたような頃もあったのですが、今では、色々と対処法もわかり上手く付き合えるようになりました。

とはいえ、一度風邪を引いてしまうと、その後、当分は咳が抜けない状況が続いてしまいます。今回もそのパターンで、お話しも歌の途中でもゲホゲホとムセたり、声が潰れてしまったり、大変、聞き苦しい発表になってしまいました。

大事な機会に良いコンディションを持ってこられない、なにより自己管理というところで、反省しています。

こういうことは初めてではないので、歌わずに、楽器演奏だけにしようかということはギリギリまで迷ったのですが、2曲目以降、全部同じにしか聞こえず皆さんスヤスヤ・・ということを考えると、やはり無理して歌う選択をしてしまいました。

それも含めて、実力なんだろうなというところです。
聞き苦しい演奏ではありましたが、最後までお付き合いいただいた皆さんには感謝しております。ありがとうございました。

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幌延町法昌寺様 報恩講

北海道もやっと春らしくなってきました。

4月23日は、サロベツ原野のお寺、法昌寺様の報恩講へお参りさせていだきました。
本州の方(札幌の方でさえ・・)は、ピンとこないかもしれませんが、法昌寺様がある幌延町下沼というところは、300kmほど離れています。東京から福島市くらいの距離ですね。


幸い天気は良くて、ドライブ日和でした。
いつもは荒海のイメージが強い日本海も、この日はベタ凪(なぎ)。写真は小平町です。


サロベツ原野の端に不気味に立ち並ぶ、オトンルイ風力発電所。
他には何もなくて写真ではスケール感が伝わりませんが、風車の高さは99メートルもあるらしいですよ。


こんな日は、海の向こうに利尻富士も見えます。頂上付近は雲をかぶっていました。
それにしても、地平線よりも建物の方がめずらしいと思うような景色。

到着


天気が良く、道中は走りやすかったです。
法昌寺様は浄土真宗本願寺派のお寺です。お寺の周りは、原野、牧草、牛。僕にとっては見慣れた景色ですが、都会暮らしの方は驚く環境ですね。

布教使は、妹背牛町(もせうしちょう)法忍寺様の若院さん。

本堂横で、念珠も並べさせていただきました。
帰り際に声をかけてくれたおばあちゃんは、「とっても楽しかったですよ」と。

対面販売というのは、商売人としてはいわばライブのようなものです。
ライブ会場でファンのみなさまと接するのは、こちらにとっても有意義で楽しい時間です。

お勤め

正信偈(しょうしんげ)が声たからかに勤まりました。

ハートフルなご法話にみなさん熱心に耳を傾けていました。

ベテラン布教使の巧みな話術で心をつかむお話もすごいなと思いますが、最近は30~40代の若手僧侶のしっとりと落ち着いた口調で語りかけるスタイルも定着してきました。

「わかりやすい」という感想がつい出てしまいますが、感想としてあまりにチープ。聞いている方にとっては、話し手が思っている以上に心に残るお話だと思います。お寺では60代以上が圧倒多数ですが、もっと、若い世代にもきいてほしいですね。

変わりゆく法要のスタイル

法昌寺様はいままで9月にやっていた法要ですが、今年は諸事情もあって4月に移行されました。
例年よりも大変お参りの数が多かったそうです。
酪農家が多い地域ですので、9月は牧草の仕事が忙しいんですって。

お寺は昔からの習慣や伝統、宗派や地域のしがらみもあるかとは思いますが、「みんなが参れる」に重きをおいて、柔軟に変化していくことも必要な時代だなということ感じました。

********

この時期なので、普段いないところにまで結構シカが多いのです。
秋と違って、シカの表情も穏やかではありますが、郊外を運転する方はご注意くださいね。

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念珠屋のお寺トーク

先日、秀恩寺様(苫小牧市)の永代経法要にて、出張出店と合わせて、お話をさせていただく機会がありました。お勤めの後、本来ならば法話の時間ですが、その時間を使ってテーマはフリーでお話してほしいというご依頼でした。

正信偈のお勤めです。
実はこの度、めでたくも寺号公称することになったばかりの新しいお寺で、不慣れな方も多い雰囲気でした。ご門徒様方と一緒に座ってお参りさせていただきました。

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今までも、「念珠について話してほしい」というテーマ付ではご依頼を受けたことがありましたが、あえてテーマフリーということでしたので、僕自身の経験談から、どうやって仏教と出遇い、なぜ念珠屋になったか、そして何を伝えたいかということをお話しさせていただきました。

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ご縁あって、たまたま仏具屋に勤めることになり、いつしか仕事よりも仏教そのものが面白くなってしまったこと。そのギャップを埋められず、会社員として続けていけなくなったこと。その後、大変な苦労があったこと。
身も心も追いつめられて、卑屈に過ごした時代。それでも心に届いた仏様の話があったこと。

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ただ、「出来ること」を続けてきました。誰にも必要とされたないと思っていた自分が、今ではたくさんの方が呼んでくれます。たくさんの居場所ができました。「食える仕事」の尺度を棄てて、「おかげさま」の気持ちでいっぱい、今は念珠屋を続けています。

僕は今でも、そもそも「念珠は本当に必要なのか」と疑問を解決できていません。念珠を使わない仏教もありますし、仏教以外でも使います。もちろん、玉そのものに不思議な力があるわけでもありません。しかし、念珠を通じて、たくさんの人の想いを言葉以上に伝える現場に何度も出くわしています。時には世代を超えて。亡き人の想いでさえも、伝わることがあります。
そんな、多くの人の想いを伝える念珠を、作ったり直したりするのは、悪くない仕事だなと今は思っています。

お参りに来てくださった30名ほどの方が、1時間ほどの長丁場でお疲れだったでしょうに、最後まで真剣に耳を傾けてくださいました。そして、帰りには口々に「良い話を聞かせてもらって・・」と声をかけていただきました。

「また来てくださいね」

こうしてまた、居場所がひとつ増えたこと。
心より嬉しく思うのでありました。

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久しぶりに冷や汗のでる作業、荘灯芯の仕立て

ロウソクが一般的に普及する前の時代、燈明は菜種油などに芯を入れて火をつけていました。
浄土真宗本願寺派の場合は、今でも実際に火をつけるための短い芯を使いますが、大谷派では荘灯芯といって、御荘厳の道具として、輪灯や菊灯といった仏具に付けることがあります。

この度、作らせていただいたのは真宗三門徒派のお寺ですが、歴史的な背景から仏具はほぼ真宗大谷派と同じ形になります。天上から吊るした輪灯と呼ばれる金物仏具に白い輪が二つ、そして尾を垂らすように飾ります。

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脆くて柔らかいスポンジのようなもので、畳の材料となる藺草の芯を抜いて作るそうです。
おかげさまで僕も仏具を触って10数年になりますが、実は、この荘灯芯を自分で仕立てるという経験は初めてでした。飾る場所によっては適切な芯の量、輪の大きさが一番美しく見えるバランスがあります。御堂の仏具というのは実はバランスがかなり重要です。
また取り扱いが難しく、少し間違うとすぐにちぎれてしまいます。かなり苦労しましたが、何とか法要に間に合うように形になりました。この度、勉強させていただいたお寺様には大変感謝しております。おかげさまで、また一つスキルアップできました。

何事も経験ですね。扱い方の癖がわかったので、今度はもうちょっとスムーズにできそうです。

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巻障子完成!

見る人が見ればすぐにわかる真宗大谷派の御本堂です。

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この度、巻障子(折障子とも)を制作させていただきました。
何処の部分かわからない方のために一応説明しますと、クローゼットのアコーディオン扉のようにパタパタと開けるようになっているのです。僧侶のみが上がれる仏様の間、内陣(ないじん)と、一般参拝者がお参りするスペース、外陣(げじん)を分けている障子です。撮影のためにすべて閉じていますが、お勤めの際はもちろん開きます。

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仏具を扱うようになって10数年になりますが、新規で巻障子の取り付けをするというのは初体験のため、いろいろと勉強させていただきました。特に、完全に開くと90度ではなく100度(少し外側に)重ねた状態で開くようになっており、これを考案した人は天才だなと関心するばかり。まさにコロンブスの卵で、一度仕掛けを見てしまえば、簡単な計算で金具の付け方を割り出せるのですが。

僕の作業は最初の採寸と最後の現場設置。仏具というのはものすごく分業になっていて、すべての工程を別の職人さんが作ります。ですので、今回のようにすべて国内で製造したものでも、中には、直接お会いしていない工程の職人さんも沢山います。お互いの信頼で成り立っていますので、最初に1㎝間違って発注したら数百万円の作品がパーになるわけです。緊張するでしょう。お寺は近くもないのですが、何度測っても不安で3回は測り直しにきました。取り付けは0.1mm制度でギャップ調整をしていきます。作業を進めていくと完璧に発注通り仕上げてくれた職人さんたちに感謝せずにはいられません。

北海道のお寺は古くても120年前後の歴史ですが、1代か2代前の時点で巻き障子は入っているお寺がほとんどです。現代の僕らが作業するようにレーザーの測定器や便利な電動工具もない時代でしょうから、どれほどの苦労があったかわかりません。

念珠は持つ人ごとの想いが詰まったものですが、寺院仏具というのは、とても壮大なスケールのご縁を感じるわけです。また、その大きな歴史に少しでもお力になれたこと、誇りに思います。

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春の浜辺で往生の素懐を遂げる

北海道と一括りに言ってもなにせ広いもので、気候は場所によってずいぶん違いますが、ここ江別、または道央圏の話をすれば、例年に比べて驚くほど雪が少なく、いつもより春が早かったという印象です。昨日は片道3時間弱のドライブで地方のお寺まで打ち合わせに行ってきたのですが、山間に入ると、除雪された道路こそ解けていますが、日陰の谷間にはまだ腰ほど積もった雪が残っていました。

こちらのお寺は、前職の時代も含めて10年ほど前からお付き合いがあり、住職さんのみならず、責任役員のWさんにも食事に連れて行ってもらったり、お酒を御馳走になったりしたものです。時々、お寺に用事があって寄るたびに、「Wさん元気にしてますか?」ということは毎回話題になっていました。「うちの寺も、あとは巻障子(まきしょうじ)が入ればなぁ・・」とよく言っていたのを覚えています。

浄土真宗各派のお寺の本堂には、巻障子という大きな折れ戸があり、建具としての意味もありますが、それはそれは結構な費用の掛かる仏具でもあります。
このたびは、予算の目途が立ち、うちの方でそういう大きな仕事をさせていただいており、昨日は、細かい部分の確認、打ち合わせが必要だったため行ったわけです。
必要な打ち合わせも一通り終わり、「きっとWさんも念願叶って喜んでいるでしょう!」と話をしようとした時でした。「一番頑張ってくれたWさんも亡くなったしな・・・」ということをお聞きしました。

あぁ、こんなことって。

Wさんは、毎朝ストーブをつけては隠居部屋が温まるまで、裏の浜辺を眺めるのが日課だったそうです。先日も、いつも通り元気に目覚め、ストーブをつけ、裏の浜辺に出たところで急に倒れてしまい、すぐに病院に運ばれたものの・・・ということでした。ついこの前まで、「おれぁ、苦しまないで元気なまんま、ぽっくりいきてーな。」「どんなご縁に合うかわからん、そんなうまいこといくかい!」なんて、冗談話をしていたそうです。良くも悪くも本当にその通りになってしまいました。

巻障子の図面を眺めながら、住職さんにしても、もちろん僕も、「見せたかったなぁ」という言葉が自然と漏れました。それでも、「そうか、巻障子入るか!良かった、良かった」という話をしていたそうで、なんだか喜んでいる顔がリアルに浮かんできます。

完成したら、Wさん何ていうだろう。
「おまえ、もうちょっと早く話持ってくれば、おれも見れたべぁ!」って言うだろうなきっと。

いつのまにか自分も、こういうことにも出遇って行かなければいけない年齢になってきたのだなということを、改めて教えていただいたことです。

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※巻障子のイメージ

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八つ房の念珠

先日、ご注文があり納めたものです。

基本形は、浄土真宗型の通称、八寸門徒の形なのですが、真っ白で房を八つ付けたいというご要望です。
じつは、ご注文は初めてではなく、数年前にも同じ家の方がこのような形でご注文くださったことがあります。

本来であれば一つずつ房が付くはずのつゆ玉の下、蓮如結びの下からさらに倍の糸を足して編み込んで二つずつ、合計八つの房になります。

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普段はやらない形ですので、どこからどれだけ糸を足すか、ちょっと計算するのに考えてしまいました。それにしても、珍しい形で由来が良くわかりません。ご注文くださった方も、「うちは、こうなんです」というのが、おそらく一番の理由で、昔の事情は分かりません。

全く出所不明の情報ですが、一説によると、婚礼用として仏前結婚式で使われたことがあるということも聞いたことがあります。今も仏前結婚式では指輪交換ではなく、念珠授与がありますが、このような形は使われません。

仮説・・というより想像の域ですが、例えば、婚礼用として特別なものを作りたかったけど、この普及している二五房しかなかったため沢山つけてみたとか、何代か前に新宗教でこんな形で作ったあと浄土真宗に帰属したとか・・・色々考えたところで、調べようは無いんですけどね。

多くの宗派では、特に在家の方に関しては、絶対にこの形でなければ認めないという規定があることも少なく、なかなか奇抜ではありますが、ありといえばあり、というところでしょうか。

僕が死んでもこの念珠が、使われているか、どこかにしまってあれば、次に見た人はまた謎が深まって、どこの誰が作ったのかということにもなるかもしれません。

沢山のご注文をこなしていると、たまにイレギュラーというより、意外と念珠はそれぞれ個性的で、型どおりの技術では対応できないことがほとんどです。大変ですが面白いですよ。

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お寺の日曜学校でミニライブ

今年もこの季節がやってきました。

美唄市常光寺様では、歴史ある日曜学校が脈々と続けられており、お付き合いさせていただくようになってから、音楽を通じてかかわらせていただいております。

夏の間に、ティンホイッスルというアイルランドの縦笛を練習し、浄土真宗のお寺にとっては一番大きい法要である10月の報恩講で発表会ということを、改めて数えてみると、たぶん9年続けています。「たぶん」というのは、初めた年の記憶があいまいなのです。いずれにしても、アイルランドの音楽が大好きな僕の思いつきで始めたことが、こんなに続くとは不思議なご縁で、考えてみると初めのころに出会った高学年の子達は、すでに成人しているんですね。

中学校になるとそれぞれの部活動などが忙しくなり、多くの子は小学校を卒業すると参加できなくなります。毎年3月は、楽器の指導はせずに、ミニライブというのが恒例になっています。

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ここ数年は、ギターの弾き語りばかりでした。でも、鍵盤弾いてみたかったんです。
ピアノを習っていたわけでもなく、大人になってから我流ではじめたもので、今まで人前で弾いたことはなかったのですが、ホームグラウンドの暖かい環境に甘えて、チャレンジさせていただきました。ピアノ弾き語りです。出会いと別れ、そして春らしい曲を選びました。

卒業する6年生には僕から念珠のプレゼント。けっこうこれが、中学校になってもこの念珠をもってお参りに来てくれたり、夏のキャンプには参加してくれたり、うれしい姿を見ることも出来るんです。

みんなからメッセージを閉じた冊子を、これも毎年いただいています。

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幼稚園年中さんから、6年生まで、今年はちょうど男女半分くらいずつの割合で、それぞれお礼のメッセージを書いてくれます。それを坊守さんが、1年間の写真などと合わせて閉じてくれています。いつだったか、「みんなの名前を覚えきれない」と言ってからは、集合写真に全員の学年と名前まで書いてくれています。大変お忙しい中、頭が下がります。

それにしてもこういうのを見ると、やっぱり女の子の方がちょっと大人。笑

今日は春らしい暖かさでしたが、美唄はけっこう雪が降ったようで、思った以上に積もっていました。境内にたくさんのサクラの木があるお寺です。5月中旬には、きれいに咲くでしょうね。

今年のティンホイッスル、練習曲は何にしようかな。

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温泉説法の集い

浄土真宗本願寺派の北海道教区では、若手僧侶が中心となって、毎年『温泉説法の集い』という催しがあります。

普段と趣向を変えて、皆さんでお寺を飛び出し、笑いあり、感動あり、ご法義ありの若いお坊さんの出し物を楽しみながら、温泉に浸かって、身も心もリフレッシュしましょうということのようです。

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毎年、全道各地の温泉地で開催されますが、今年は十勝のホテル大平原でした。例年並みの300名弱の参加があったそうです。
おかげさまで今年も声をかけていただき、1日目だけですがご一緒させていただきました。
昨年も好評だった漫才説法、道東サムウェイはさらに腕を上げて素晴らしい掛け合い。大喜利もとても楽しませていただきました。
二日目は、法話や朗読説法もあったそうで、そちらも充実したものだったでしょうね。
特に道東方面はなかなかご縁も少ないため、温泉説法の時にしかお会いできない方もいて、楽しみにしているのです。
企画されたスタッフの皆さん、参加された皆さん、本当にお疲れさまでした。

一昨日発売になったばかりの雑誌『northern style スロウ vol.46』に、うちの新商品の念珠も掲載していただいているわけですが、実は出版元のソーゴー印刷さんは帯広の会社なのです。せっかく近くまで来たので寄らせていただきました。夕方のお忙しい時間に突然の訪問でご迷惑かけてしまいましたが、雑誌ごとの各スタッフデスクから、工場の印刷、製本の様子まで見せていただきました。思いがけない、大人の工場見学。なるほど、あんな車ほど大きな機械から紙面がじゃんじゃんでてくるのですね。まだ未発売の最新号の雑誌も積んでありました。
日ごろ、自分はあまりに泥臭いスタイルで仕事をしているもので、こうして企業の現場を見させてもらうと、とてもかっこよく見えます。
雑誌の方が気になる方は、こちらもご覧くださいね。

スロウのホームページはこちら
http://www.n-slow.com/index.html

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『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』 石田智秀 著

この度、読ませていただいたのは、浄土真宗本願寺派お坊さんが書かれた、電子書籍です。

今のところ僕はまだまだ紙の本から離れられそうにありません。とはいえ、少しずつ電子書籍を選択する機会も増えました。このたびは電子書籍のみということで、すぐに購入ダウンロードさせていただきました。なんといっても、本屋にいかなくても、配達を待たなくても瞬時に読めるというのは、いまだに近未来体験のような感動があります。

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十勝のお寺に生まれた石田智秀さん、今やあちこちでお名前をお見かけするようになりました。
タイトルの通りの内容で、本の構成は法話形式になっていますが、聞きなれたお西さんの法話とは少々趣が違います。浄土真宗のみ教えはこうなんですよという直接的な表現ではなく、浄土真宗の「信心」について石田さん自身が「わからない」と悩んできた中での思考や出会いがつづられています。なので、頭ごなしに「そういうもんだ」という理解ではなく、みんな違和感を感じるところから、徐々に気付かさせてもらったように共感していける話でした。

僕は念珠屋をやっていて、ここ数年は浄土真宗のお寺に出張出店させていただく機会もずいぶん増えました。とてもご好評いただいておりますが、時には微妙な反応の場合もあります。
「オレは信心深くないから、そんな立派な念珠はいらねぇ」という言葉は、度々言われることです。多宗派ならまた別なお話にもなりますが、浄土真宗のお寺ですので「おじさんの信心なんて、そもそもあてになりませんよ」と思わず言ってしまいます(心の中で・・・笑) といっても、門徒さんじゃないとその意味も通じないように思いますが。

浄土真宗でいうところの「信心」というのは、とても難しいしわかりずらいと思います。世間的に難しいもんだという認識があればまだいいのですが、誤解をされることが多いようにも思います。そういう僕も別にわかっているというわけではありません。以前、「長岡君、いい話だと思って聞いてわかった気になっちゃいけないよ。「仏法を聞く」じゃなくて、「仏法に聞く」だからね」と言われたことがあります。なんか禅問答みたいな言い方ですが、自分の腹で「わかった」というのは、一番怪しいということにはなんとなく近頃気づいてきました。石田さんもずいぶん悩んだんだろうなということが、読ませていただきながらひしひしと感じます。僕の場合は、そんな浄土真宗の「わかりずらさ」の部分も、どこか他人事という腹があるのかもしれませんが、お寺の息子に生まれてしまうと漠然としたプレッシャーの中で悩み抜いてきて今があるのでしょうね。

なんだか浄土真宗ってちょっと面白いんじゃない?と思い始めた方が読むと、うなずくところが多そうです。
表紙いいですね。普段の石田さんのイメージからは想像できないけど、どこか内面的にはこういう側面もお持ちなのかなと思わせる元気な表紙。
今後のご活躍にも期待します。

『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』(kindle版)
石田智秀 著
価格 250円
響流書房

アマゾンの販売サイトはこちら
http://www.amazon.co.jp/dp/B018IZ7F4M/

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