念珠に関する経典
経典、俗にいうお経とは、お釈迦さまの説法を後のお弟子さんが記録したものです。
その本文は「如是我聞(にょぜがもん)」から始まることが多いですが、「このように私は聞きました」という意味です。
経典の数は八万四千あるといわれています。これは、巻物を数えたわけではなく、数え切れないほど多いことのたとえでしょう。 その中には、偽物や二次創作のような疑わしいものもあるわけですが、成立して伝承されてきたからにはやはり人類にとって大きな意味があることには変わりありません。
さて、そんな数ある経典の中から、念珠のことが書かれている経典を、まずは大蔵経のなかからリストアップしてみましょう。
經集部 第17巻
- 佛説木槵子經
- 曼殊室利呪藏中校量數珠功徳經
- 佛説校量數珠功徳經
- 金剛頂瑜伽念珠経
密教部 第18巻
- 諸佛境界攝眞實經
- 佛説大悲空智金剛大教王儀軌經
- 蘇悉地羯囉經
- 蘇婆呼童子請問經
- 妙臂菩薩所問經
- 陀羅尼集經
密教部 第19巻
- 金剛頂經一字頂輪王儀軌音義
- 佛頂尊勝陀羅尼念誦儀軌法
- 守護國界主陀羅尼經
密教部 第20巻
- 佛觀自在菩薩如意輪念誦儀軌
- 十一面觀自在菩薩心密言念誦儀軌經
- 千手千眼觀自在菩薩修行儀軌經
- 佛説七倶胝佛母准提大明陀羅尼經
- 大方廣菩薩藏文殊師利根本儀軌經
経典にみる念珠のエピソード
インドでは、古い梵語ではハソマと呼ばれていて、古い文献には一応これに漢字が当てられており「鉢塞莫」になります。 中国の梁(りょう)の時代には「数珠」という言葉が出てきます。これは、一般的な見解でおそらく『釈氏要覧』( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994567 )を根拠にしたものだと思います。
後に、経典は漢語に訳されて、現代に伝えられています。
それでは、この中の一つ、 『佛説木槵子經』を見てみましょう。
お釈迦さまが霊鷲山というこもっているときに、波流離(はるり)国より使者が来ました。
「我が国は小さく、しきりに寇族(こうぞく)遭い、国内の疫病とともに、国民の困苦は言語に絶している状態であります。 ゆえに、国王の心痛は大変なものです。なんとかして、如来の威神力に依り、これを救済する方法はないものでしょうか。」
波流離国は、このように追い詰められた状況で、お釈迦さまの噂を聞き、助けを求めて相談にきたのですね。 それに対してお釈迦さまは、次のように答えたそうです。
「未来衆生のために、良い方法があります。 今、あなたたちのために説きましょう。
まず、木槵子(ムクロジの実と思われる)を108個連ねて、いつでもそれを持ち歩き、心を込めて、仏の名、達磨の名、僧伽の名、つまり三宝の御名を唱えては一粒爪繰り、これを10回、20回、100回、百千万回したならば、煩悩や覚りへの障害が取り除かれて、浄土への道が開かれる。 さらに念誦して怠らなければ、108の煩悩を全て無くし、無上の果徳を証することができる。」
三宝とは、「仏・法・僧」のことですが、仏はブッダそのもの、法(達磨・ダンマ)は御教え、そして僧(僧伽・サンガ)とは現代のお坊さんに限定したことではなく、仏教に生きる仲間たちのことです。 「念誦」とは、これらの名前を唱えることです。そうやって念珠をたくさん繰ると、覚りを開くことができるということですね。
使者からその話を聞いた波流離の国王は、それを守り、さっそくムクロジで108粒の念珠を千ほど作り、親類縁者に配ってともに念誦したところ、とても効果があったと絶賛しています。
現代の私たちの感覚からすると、それで本当に、寇族や疫病から国が救われたのか疑問ではありますが、そういったエピソードが仏教で念珠を使う起源になっているということは言えるでしょう。
念珠は、もともとカウンターだった
すでにお気づきのかたもいるかもしれませんが、これが元々の念珠の使い方です。 現代では合掌の手に掛けて拝むという使い方が多いと思いますが、発祥はこのように回数を数えるためのカウンターの様な役割だったのですね。
僧侶ではない一般の人が、葬儀や法事のなかでこのように使うことは無いと思いますが、念仏、題目、真言などを数える為に、いまでも使われることがありますよ。



