「数珠を首に掛けて歩いている人を見たのですが、あれはいいんですか?」
ときどき、こんなご質問をいただきます。答えから言えば、今の日本のお寺の作法では、数珠を首に掛けることはしません。お葬式や法事に首から数珠を下げて行けば、まず驚かれると思います。
ところが、調べてみると話はそう単純ではありませんでした。経典には「首に掛けるのはよいこと」と書いたものがあり、昔の小説には首に数珠を掛けた人がたくさん出てくるのです。
今の作法——「首に掛けるのは好ましくない」
まず、今の作法を確かめておきます。
日蓮宗のポータルサイトの「仏教・仏事のQ&A」には、数珠を「こすって音を出しながら拝んだり、首にかけるのは好ましくありません」とはっきり書かれています。浄土宗でも、在家の方向けの手引きで首に掛けないよう戒めていることが、海外の研究者によって紹介されています。
ふだんは左手に掛けるか、房を下にして手に持つ。使わないときは数珠袋に入れる。これが今の日本で広く通じる作法です。当店でも、お客様にはそうお伝えしています。
経典は——「首に掛ければ、四つの重い罪が浄められる」
ところが、経典を開いてみると、逆のことが書いてあります。
唐の時代に不空(ふくう)が訳した『金剛頂瑜伽念珠経(こんごうちょうゆがねんじゅきょう)』は、数珠の意味と功徳を説いた短いお経です。その終わりのほうに、数珠を身につける場所が並べられています。
設い頂髻に安じ、或いは身に挂け、或いは頸上に安じ及び臂に安ずれば……
頭の髻(もとどり)に置く、体に掛ける、首に掛ける、腕に掛ける。どれでもよく、そうしていれば、口にすることばがそのまま念誦(ねんじゅ)になる、というのです。さらに、「頸上に帯ぶるに由りて四重を浄め」——首に掛けていれば、四重罪(しじゅうざい)という最も重い罪まで浄められる、とまで書かれています。
このお経は、空海が唐から持ち帰った経典の目録(『御請来目録』)にも名前が見えます。日本の密教にとっても、なじみの深い経典だったはずです。
明治の終わりに浄土真宗の僧・那須大慶(なすだいけい)が編んだ『数珠鑑(じゅずかがみ)』(明治二十七年)にも、経典によれば数珠を掛ける場所は手だけでなく「耳・頸・臂・合掌の中・掌・頭上」とある、と紹介されています。
小説の中では——首に数珠を掛けた人々
経典だけではありません。青空文庫の作品を「数珠」「念珠」などの言葉で横断して調べたとき、首や襟に数珠を掛ける場面が、思いのほかたくさん見つかりました。誰が、どんなときに首に掛けているのかを並べてみると、はっきりした傾向が見えてきます。
- 死出の装い:岡本綺堂『黄八丈の小袖』では、引き廻しの馬に乗せられる娘が、白無垢に黄八丈を重ね、首に水晶の珠数を掛けています。野村胡堂『銭形平次捕物控』にも、心中に向かう男女が経帷子を着て首に水晶の数珠を掛ける場面があり、作中で「死出の晴着」と呼ばれます。
- 行者や修験者:島崎藤村『夜明け前』には、御嶽の修行者が数珠を首に掛け、杖をついて歩く姿が出てきます。長谷川時雨『古屋島七兵衛』では、下町の世話焼きの男が修験者の大粒の数珠を首に掛けて九字を切ります。
- お祭りの参詣人:三遊亭圓朝の噺には、池上本門寺のお会式で、講中の人々がみな首に数珠を掛けて団扇太鼓を叩く様子が語られています。上司小剣『東光院』にも、首に数珠を掛けて参詣する農家の男女が登場します。
- 呪いと魔除け:泉鏡花『神鷺之巻』では、獣の牙や目をつないだ長い数珠を首に三重に巻いた老婆が出てきます。田中貢太郎の怪談には、化け物の死骸の首に数珠を掛けて封じる場面もあります。
一方で、ふつうのお葬式や法事の場面で首に数珠を掛けている人は、ほとんど見当たりません。日常のお参りでは、数珠はやはり手に掛けるか、手首に掛けるものとして描かれています。
つまり、首に数珠を掛けるのは「特別な人」か「特別なとき」だったようです。死に向かう人、山で修行する人、祭りで高揚した人、そして呪いや魔除けの場面。ふつうの日常からはみ出したところで、数珠は首に掛けられていました。
(ちなみに、柳田國男は、子どもたちが彼岸花の茎を折って数珠のようにつなぎ、首に掛けて遊んだことを書いています。ヒガンバナに「ジュズバナ」という呼び名があるのはそのためだ、というのです。これも、数珠を首に掛けるという発想が、どこかで暮らしの中にあったことを思わせます。)
なぜ、今は「いけない」のか
経典では「よし」とされ、昔の人も特別な場面では首に掛けていた。それなのに、なぜ今は「いけない」と教わるのでしょうか。
はっきりした答えが書かれた資料は、まだ見つけられていません。ここからは私の考えです。
一つは、数珠が「仏さまを拝むときに手にする法具」として整えられていったことです。密教の経典が説いたのは、修行者が数珠を身から離さずにいることの功徳でした。それに対して、日本の在家の方にとっての数珠は、手を合わせるときに手に掛けるものとして定着していきました。そうなると、首に下げるのは「拝む道具を、拝む以外の使い方をしている」ように見えてしまいます。
もう一つは、首に掛けた姿が、先ほどの小説のような「特別な人」を連想させることかもしれません。死装束、修験者、呪いの場面。そうしたイメージと重なるからこそ、ふつうの参列者がするには、ふさわしくないと感じられるようになったのではないでしょうか。
私自身、首に数珠を掛けている姿を実際に見たのは、天台宗の阿闍梨(あじゃり)さんが掛けていたときくらいです。それにどんな意味や作法があるのかは、残念ながらまだ確かな資料を見つけられていません。
一方で、一般の方の中には「お坊さんは大きな数珠を首に掛けているもの」というイメージをお持ちの方が少なくありません。これは、山伏(やまぶし)のような修験者の姿と重なって覚えられているのかもしれない、と私は感じています。先ほどの小説でも、首に数珠を掛けていたのは行者や修験者でした。
おもしろいことに、キリスト教のロザリオにも同じような話があります。ロザリオは本来、手で一つずつ繰りながら祈るためのもので、首に掛けるものではありません。けれども、聖職者が十字架のペンダントを首から下げている姿と混ざって、「ロザリオは首に掛けるもの」と思われていることがある、と聞きます。宗教はちがっても、祈りの道具と身なりのイメージが混ざり合うのは、よく似ています。
今、私たちはどうすればいいか
結論は変わりません。今の日本でお葬式や法事、お墓参りに数珠を持って行くなら、首には掛けず、手に持つか左手に掛けてください。それが、その場にいる人たちと気持ちよく手を合わせるための作法です。
ただ、「首に掛けるなんて、とんでもない」と目くじらを立てる必要もないと思っています。経典には首に掛けることを勧める言葉があり、昔の人も特別な場面では首に掛けてきました。作法は、時代と場面によって形を変えてきたものです。
作法の「なぜ」を知っておくと、守るときにも、守らない人を見かけたときにも、少しだけ気持ちに余裕ができます。
参考
- 『金剛頂瑜伽念珠経』(唐・不空訳)大正新脩大蔵経 第17巻 no.789、727頁下段〜728頁上段(CBETA)
- 空海『御請来目録』大正新脩大蔵経 第55巻 no.2161
- 那須大慶 編『数珠鑑』明治27年(国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/818694 )7〜8頁
- 日蓮宗ポータルサイト「仏教・仏事のQ&A 数珠」https://www.nichiren.or.jp/qa/juzu/
- George J. Tanabe Jr., "Telling Beads: The Forms and Functions of the Buddhist Rosary in Japan"(2012)
- 青空文庫:岡本綺堂『黄八丈の小袖』、野村胡堂『銭形平次捕物控』、島崎藤村『夜明け前』、長谷川時雨『古屋島七兵衛』、三遊亭圓朝『松の操美人の生埋』、上司小剣『東光院』、泉鏡花『神鷺之巻』、田中貢太郎『山姑の怪』、柳田國男『野草雑記・野鳥雑記』(用例は当店の独自調査)
