数珠の珠の数は、基本が108。「人間の煩悩の数だから」という説明は、ほとんどの方が一度は聞いたことがあると思います。
では、その108の煩悩とは、具体的に何と何なのでしょうか。
調べてみると、答えは一つではありませんでした。経典や注釈書、明治の数珠の本をたどると、108の数え方は少なくとも四つ出てきます。
経典が言っていること——「百八の結業を断つ」
まず、出発点になる経典です。
数珠の由来を語るお経としていちばんよく引かれる『木槵子経(もくげんじきょう)』では、仏さまが、戦や病に苦しむ国の王にこう教えます。煩悩の障りを滅したいなら、木槵子(むくろじ)の実を百八つらぬいて、いつも身から離さず、仏・法・僧の名を唱えながら一粒ずつ繰りなさい。そうして百万遍に満ちれば、百八の結業(けつごう)——煩悩——を断つことができる、と。
つまり経典は、「108」と「煩悩を断つこと」を結びつけてはいますが、108の中身を一つ一つ数えてはいません。中身の説明は、あとの時代の人たちが考えたものです。
数え方その一——六根×3×2×3=108
いちばんよく知られているのが、この計算です。
- 目・耳・鼻・舌・身・意の六根(ろっこん)。六つの感覚の入口
- それぞれが対象を受けとるとき、好・悪・平(心地よい、いやだ、どちらでもない)の三つの感じ方がある → 6×3=18
- それぞれに染・浄(けがれている、清らか)の二つがある → 18×2=36
- それが過去・現在・未来の三世にわたる → 36×3=108
仏教学者の花山信勝(はなやましんしょう)が紹介したことでも知られ、海外の研究者も日本の数珠の108をこの計算で説明しています。
数え方その二——見惑88+修惑10+十纏10=108
もう一つは、もっと専門的な数え方です。
宋の時代の仏教百科事典『釈氏要覧(しゃくしようらん)』(1019年)は、『木槵子経』の「百八結業」を、倶舎論(くしゃろん)系の教えに沿って説明しています。
- 見惑(けんわく)88:ものの見方の誤りから起こる煩悩
- 修惑(しゅわく)10:見方を正しても、なお残る感情的な煩悩
- 十纏(じってん)10:心をしばる十の働き
合わせて108。日本でも広く読まれた本なので、「なぜ108か」を語るときの、いちばん古い典拠の一つといえます。
数え方その三——菩薩の修行の段階×2
明治の数珠の本には、まったく別の数え方が出てきます。
浄土真宗の僧・那須大慶(なすだいけい)が、各宗の本山から寄せられた説明をまとめた『数珠鑑(じゅずかがみ)』(明治二十七年)には、108の珠を一つずつ菩薩の修行の段階に当てはめた折り込みの図が付いています。十信・十住・十行・十廻向・十地の五十の段階に、煖(なん)・頂(ちょう)・忍(にん)・世第一法(せだいいっぽう)の四つを加えて五十四。それが親玉の左右に並んで、五十四×二=百八。
この考え方だと、108の珠は「断つべき煩悩」ではなく、「仏に向かって一段ずつ登っていく道のり」になります。同じ108でも、見え方がずいぶん変わります。
数え方その四——暦の数
もう一つ、少し変わった説もあります。12か月と、二十四節気と、七十二候を足すと、12+24+72=108。一年の巡りを表す数だ、というものです。
明治の続編『諸大宗数珠纂要』(明治二十八年)が、『古今原始』という本を引いてこの説を紹介しています。ただ、元の本はまだ確認できていません。仏教の教えから出た説明というより、108という数に後から意味を重ねたもの、と見ておくのがよさそうです。
108だけではない
ついでに、珠の数そのものも、経典によってちがいます。
- 『校量数珠功徳経』:108・54・27・14
- 『陀羅尼集経』:108・54・42・21
- 『金剛頂瑜伽念珠経』:1080・108・54・27
どの経典でも108が中心であることは共通していますが、54(半分)、27(四分の一)なども認められています。今の片手数珠や腕輪念珠の珠の数が、さまざまなのはそのためです。
仏教の外に目を向けると、ヒンドゥー教やジャイナ教の数珠にも108珠のものがあり、それぞれに別の理由づけがあります。チベットでは、「100回を数え、残りの8つは数えまちがいの補い」という実際的な説明もされているそうです。
では、どれが正しいのか
どれか一つが「本当の答え」というわけではない、と私は考えています。
108という数が先にあって、それぞれの時代、それぞれの宗派の人が、そこに自分たちの教えを重ねて説明してきた。だから数え方がいくつもある。そう見るのが、いちばん素直だと思います。
「煩悩の数だから」という説明は、まちがいではありません。ただ、その奥にこれだけの数え方が重なっていると知ると、手の中の108の珠が、少し違って見えてきませんか。
参考
- 『仏説木槵子経』(失訳)大正新脩大蔵経 第17巻 no.786(CBETA)
- 道誠『釈氏要覧』巻中(1019年)大正新脩大蔵経 第54巻 no.2127
- 『仏説校量数珠功徳経』(宝思惟訳)大正17巻 no.788/『陀羅尼集経』巻2(阿地瞿多訳)大正18巻 no.901/『金剛頂瑜伽念珠経』(不空訳)大正17巻 no.789
- 那須大慶 編『数珠鑑』明治27年(国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/818694 )3頁・折込図
- 那須大慶 編『諸大宗数珠纂要』明治28年(国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/818703 )63頁
- George J. Tanabe Jr., "Telling Beads: The Forms and Functions of the Buddhist Rosary in Japan"(2012)——花山信勝の説明の紹介

