念珠(数珠)のジェンダー論

SNSで、話題になっていたので、僕なりの考えをメモしておきます。

前提として、僕はLGBTQアライ(フレンドリー)の立場を取ります。

ストレートアライという言い方もあるようですが、つまり、自分自身は心、身体、恋愛対象において不一致や違和感はありませんが、どのような性的指向の方に対しても、友好的な関係を築きたいと考えています

念珠(数珠)は、一般的には、男性用、女性用という区分けがあります。

ちょっとしたことではありますが、長岡念珠店では、はっきりした区分けを避けるために、「男性用」ではなく、「男性向け」と、なるべく表記するようしています。

ただ、この記事の中では、わかりやすくするために、あえて「男性用」という表記を採用しています。

昨今は、性的な区別を避ける傾向が強く、そのことに違和感を感じる人もいるかと思います。

男女用念珠の歴史的背景は

そもそも、男女用の念珠というのは、どういういきさつで分けられるようになったのかといいますと、これが、歴史的に理由がわかる文献はまったく見つかりません。

正倉院に残されているようなもの、空海様が中国から持ち帰った物、そういった日本の仏教関連の資料として残っている形は、男性が持っていた記録しか残っていません。

その理由は、想像に難くありません。

念珠や仏教だけの問題では無く、女性の立場が弱かったという社会的な前提がありますので、仕方の無い事だと思います。

お犬の方

これが一番古いかはわかりませんが、僕が知る限りで、日本で最古の女性が数珠を持っていた証拠といえば、京都、龍安寺に所蔵されている「お犬の方」で知られる掛軸です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%8A%AC%E3%81%AE%E6%96%B9

(参考:Wikipedia)

この掛軸の女性は、織田信秀の娘ということで、織田信長の妹にあたります。

始めてこの掛軸のことを知った昭和の古い書籍のなかでは、「細川照元夫人」と書かれていましたが、おそらくこれは「細川昭元夫人」の誤植でしょう。ちなみに細川昭元との結婚は再婚だそうです。

この掛軸を見る限り、他の僧侶が描かれた古い掛軸で見るような大柄な念珠と違います。

合掌の手にちょうど収まるほどの小さなものです。

これは、ひょっとして16世紀にはすでに、女性用の念珠として、男性用よりも小さなものが作られていたのかもしれません。

蛇足ですが、「お犬の方」の念珠の使い方は、現代の真言宗、または日蓮宗に近いです。日蓮宗については、ちょうどこの時代に形が大きく変わっているころで、夫人晩年の絵でしたら、現代に近い形を持っていた可能性もあります。絵が不鮮明で房の形状まではわかりません。また、細川昭元は、本願寺の11代目、顕如様のところに身を寄せていたという説もあり浄土真宗と縁があった可能性もあります。そのような状況で、宗派については、判定しかねています。

庶民が念珠を持てたのはもっと後か

いずれにしても、この時代にしては、相当な地位のある女性だったと考えられますので、同じ時代に、一般庶民の女性が念珠を持っていたのかは定かではありません。それどころか、男性でさえ、庶民は手にすることが出来なかった可能性もあります。

意外と器用な人が、庶民でも持てるような値段で、簡易的な念珠を作っていたかもしれませんね。

地位が弱い人ほど、歴史的な資料が少ないので、実際のところはわかりません。

その時代から見ると、かなり後になりますが、大正時代の念珠店の価格表にはすでに男女用が分かれていました。少なくともその頃には、一般女性も念珠を持っていたし、女性用というものがあったようです。

現代における、男女の分け方

ひと輪の略式については、概ね主玉が10mm以上のものは男性用、女性用とされるものは、それ以下の大きさの玉で、7~8mmのものが多いです。

本連や、ふた輪については、女性は8寸、男性は尺以上という分け方があります。

その法則に納得し、その範囲で選びたいというかたは、まったくその通りで問題無いかと思います。

ここで、問題になるのが、そのことに違和感があるという場合です。

男女問わず人気がある、小ぶりの黄水晶をアミ紐房で仕立てた念珠

たとえば、「男性用」を勧められているが、自分が男性であるところに違和感があるとか、心も体も女性で不一致はないが、男性用を持ちたいという嗜好もあります。

僕も、日々念珠を販売していて、そのような場面に何度も出くわしています。それについては、「どちらを使われてもまったく問題ありませんよ」という説明をしています。

ただ、一般的には、上記のような分け方がされていれうことも伝えなくてはいけません。

念珠のことというのは、一般のかたは、ほとんど知識が無いものです。

ですから、一般的な習慣を知らずに選んでしまうと、単なる間違えで買ってしまうこともありえます。

男女用に分かれていることは差別か

色々な場面で男女別という表記がなくなり、「男性用」「女性用」とくくられること自体に疑問を感じる人は増えているでしょう。

夫婦茶碗というのが、昔からあります。
説明するまでもありませんが、お揃いのデザインでありながら、女性は一回り小さな茶碗のペアセットです。

はたしてこれは差別でしょうか。

女性用が小さい理由が、地位が低いのでたくさん食べさせる必要がないということならば、それは完全に差別でしょう。

しかし、そうではないと思うのです。

女性の方が手が小さく、握力も弱いことが多いです。飲み食いする量も男性に比べて少ないことが多いです。

わざと「・・・なことが多い」と連発しましたが、それを多数派、マジョリティといいますね。一般的に商業的な意味も含めて、あらゆるものはマジョリティに最適化されていきます。自動販売機のコイン投入口や改札口の機械は右側にあります。右利きが多いからです。

男性より小さな茶碗も、多くの該当する女性にとっては、都合が良いのですが、そうではない場合もあります。それを、少数派、マイノリティといわれていますね。

夫婦茶碗は、差別的な意味合いでつくられたわけではなく、マジョリティ中心に考えた場合に、それぞれの使いやすさを願ってのデザインだと考えられます。

うちでも、ご夫婦向けにお揃いの念珠を作りたいという依頼はけっこうあります。ほとんど場合で、いわゆる男性用、女性用の範疇でデザインや使う素材をお揃いにするという方法をとります。

事実上、同性婚に相当する、パートナーシップ制度が、始まっている都道府県もあり、今後はそういったご依頼にも変化が生じることでしょうね。

女性用の念珠というのも女性用茶碗と同じように、マジョリティの女性が好むようなデザインが自然発生したと考えられます。それがいつしかルールのようになってしまい、「~~でなければならない」ということに問題があるのだと思います。

男女が一致しない念珠を持つこと

デザイン的な嗜好で進化したとかんがえると、ファッションと同じように考えると腑に落ちます。

例えば、女性用のスカートという存在が差別だと言う人はいません。

現代において、性的マイノリティが問題になっているのは、たとえば、身体は男性として生まれてきたけど、スカートをはいて女性として生きたいというような場合に、そういった方が生きずらいということです。

念珠の場合も同じようなことが考えられます。
見た目が男性なので、男性用の念珠を持たなければいけないと決めつけられては、傷ついてしまう人もいるということに、気付かなければいけません。

「男女用ってなにかちがうんですか?」という質問は、よく聞かれます。

その都度、先にも書いたように、「一般的には分かれていますが、決まりではないので、こだわらなくても大丈夫ですよ」というお話をします。

ただ、性的にストレートの人が、あまりに念珠に無知だったことが理由で、知らずに男性が女性用念珠を買ってしまったということになると、これは後で後悔することになります。

ファッションの例に戻ると、性的にストレートのおじさんが、あまりにファッションに無知だったため、知らずにスカートをはいて街に出たということが、洋服ではあり得ないと思いますが、念珠だと起こりえるのです。

ですから、全て自由で関係ないと言い切ってしまうのも問題で、両方の場合を説明する必要があります。

身体は男性に生まれても女性としてスカートをはきたいということは尊重されるべきですし、ファッションアイテムとしてはかなり上級者向けになるかともいますが、メンズスカートというものもあります。

中性的なデザインの念珠(北海道産カバ藤雲石仕立仕立)

長岡念珠店からのアドバイス

これは、現場の肌感覚ですので絶対ということではないことご承知ください。

おおよそ、いわゆる団塊の世代くらいを境に、それ以下の多くの人は、念珠に対してほとんど予備知識を持っていません。なので、男女用という区分けと、実際の持ち主が一致していなくても、気にするような方は少ないです。

念珠に関して言えば、そもそも、そういう姿を見て違和感を感じること自体少ないのです。

また、更に若い層になると、古い常識を打ち破って、純粋に好みのデザインの物を持ちたいという方も増えてきました。ファッションの世界と同じような革新です。

実際に、40代未満くらいになってくると、一般的な男女用の説明を聞いた上で、男性用とされているサイズの念珠を女性が持ちたいとか、その逆もあります。

当店では、様々な新しいデザインの念珠も常に試みていますが、すでに男女用という区別はしていません。いうなれば、ユニセックスデザインの念珠です。

手の大きな女性が、一回り大きくリフォームしたいというご依頼も多いですし、性的にストレートの男性でも、手が華奢なので、念珠が大きいと余計貧弱に見えてしまうということで、その方専用に小さめに設計することもあります。

それに、実際に、サイズ感や使う素材の色、柄などが、中性的なデザインの念珠というのは、若い世代を中心に、けっこう売れ筋です。

それらのような現状を考えますと、男女用という分け方に違和感を感じて居る方は、臆すること無く、持ちたいほうを持っていただいても、現実的なところで、ほとんど問題が生じないように思います。

注意しておきたいというか、少しだけ心配なのは、やはりそういう姿を見て心無い言葉をかけてくる人も中には居るということです。

でも、男女用をしっかり区別しなければいけない論拠はありません。教理的な意味で男女用は区別されておりませんので、あくまで、習慣的に発達したと考えられます。

もし、「あなたは男性なのに、その念珠は女性用だ」というようなことを言われるようなことがあれば、自信を持って「そのことは知ってますが、好みでこれを選びました」と言ってもらって大丈夫だと思います。

クロスジェンダーでも、そのことをまだカミングアウト出来てないというかたには、男女問わないようなデザインもできます。

男性向けの大きめサイズでも、色柄は女性向けということもできます。

ほとんど女性向けに近い形だけど、ややボーイッシュなデザインということも出来るでしょう。

今風に言えば、念珠のダイバーシティとなりましょうか。念珠の世界においても多様性は認められなければいけません。

うちでは、どんな性的指向の方でも、お一人ずつに合せたご提案が出来ると思いますので、ぜひ、お気軽にご相談ください。

うんちく

次の記事

木の玉、石の玉