750年前のお手紙を読む

最近、「御消息」にとても興味を持っています。

浄土真宗の宗祖として知られる親鸞聖人は、たくさんの書物や和讃を残されました。
「御消息」というのは、それらとは少し違い、京都から関東の門弟に書かれたお手紙のことです。
教行信証等に比べると、語り口調でダイレクトなメッセージになっており、読みやすい文章にも感じます。

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読みやすいと言っても、昔の言葉でそのままではほとんど意をくみ取れませんが、本願寺出版社から出されているこちらの本はそれらを現代語訳にしたもので、注釈や付録も充実しており、資料として手元に一冊あっても、とても興味深い内容です。

特筆すべき点は、門弟の素朴な疑問に丁寧に答えられている点です。
たとえば、「念仏は1回でも良いのか2、3回は悪いのか、10回の方がいいのか」そういったことを当時の人も、知りたかったということが分かります。また、誤解や間違いも多かったことも文脈から想像がつきます。「素朴な疑問」と簡単に書きましたが、それが当時は高価な紙を使ってまで手紙を書いたり、命がけで国を超えて訪ねて行くほど、重大な疑問であったということです。

恵信尼様とは、親鸞聖人の奥様です。馴染みのない方は、お坊さんなのに奥さん?と思うかもしれません。
「肉食妻帯」といい、当時の僧侶は厳しく禁止されていた肉を食べ、初めて公に結婚した僧侶とも言われています。
現代でこそ、生涯独身を通すお坊さんの方が珍しくなりましたが、それはそれは、かなりの「禁断の恋」であったことは想像に難くありません。
その御こころが示す真意、また今も昔も批判もありますでしょうが、このご夫婦、どんな話をしていたかと考えるととてもロマンがあります。恵信尼様の手紙を見ますと、お二人が出会う前のことから親鸞聖人のことをこと細かく書いてあります。このお手紙が見つかるまでは「親鸞」という人は後の人が創り上げた架空の人物かもしれないという説があったほどです。
それにしても、よくもこんなにと思える詳しい内容。それだけ、自分の人生をどこにも記さなかった親鸞聖人が、奥様にだけは本当に良くお話になったのでしょうね。

大人になってから知り合った連れ合いに、自分の幼少時代の出来事、どんな学生生活を送ったか、結婚までどんな仕事をしてきたか、「略歴」程度のことは知っていても、なかなかその中身までお話することは無いかもしれません。

それにしても、他人の手紙を盗み読みしてあれこれ詮索するというのは、あまりいい趣味とは言えないかもしれませんが、このインモラル感が実に快感です。公の言葉と違い、とても人間味が感じられます。まさかお二人も個人に宛てた手紙が、何百年も後に多くの人に手紙が見られるとは思っていなかったでしょうね。

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