私が念珠屋になるまで・・改め その4
どうしようもない学生時代を経て、転職を繰り返す20代も終盤にさしかかったころ、「営業職」を探し始め、偶然みつけたのが仏具の営業でした。
札幌時計台からほど近いビル、雪深い季節でした。
そこまでのお話しを読み返したい方はこちらをどうぞ。
その1(学生時代)
その2(プログラマー)
その3(介護の仕事と営業職さがし)
仏具店へ就職
面接
営業の「え」の字もわからない、仏具の「ぶ」の字もわからない。
そんな状況ではありましたが、とにかくガッツと情熱だけは胸いっぱいにして面接に臨みました。
何か質問はありますか?
一般的なやりとりを一通りして、短い面接を終えました。
「何か質問はありますか?」面接の最後では、よく言われることです。多くの学生は「特にありません」と返事をして面接終了となることでしょう。
自分はこれから「仏具」を販売したいと思って面接に受けに来ているのです。そう思うと、とても疑問な事がありました。
「仏具って、そんなに売れるものですか?どうやって仕事が回っているんですか?」
「仏具」と聞いて自分の人生の中で想像つくものといえば、実家の仏壇くらいです。それは、昔、祖母の家から持ってきたものらしく、何かのタイミングで買ったんでしょうけど、詳しいことなど聞いたことはありません。それから特にお道具増えたような記憶もありません。
それ以上無理して思い出してみても、せいぜい、小さい頃に両親に連れて行かれたお寺で、大きな仏具を見たことくらいでしょうか。でも、どんなものがあったか意識したこともないし、お寺の仏具なんて一生変わらないというイメージしかなかったのです。
今思うと、とても失礼な質問ですが、社長は「それは良い質問だね。」と快く答えてくれました。
仏具を売るという仕事はある
その会社は、街の仏壇屋さんとは違い、寺院仏具を専門にしていました。
そのとき始めて知ったのですが、お寺の仏具というのは、どのお寺でも全て揃っているわけではないということでした。
住職様が何代も世代交代しながら、その時代ごとの総代さんとよばれるお寺の役員と力を合わせて、少しずつ発展するということです。
北海道は古いお寺でもせいぜい100年程度、住職様が3~4代目ということが多く、まだ揃っていない仏具もたくさんありました。
どの宗派のお寺でも、宗祖の法事は50年毎に大法要があったり、寺がその地にできて100年、200年という節目があったりします。そういう機会に合わせて、寄付を集め、足りない仏具を購入したり、修復に当てたりするということが多いです。
また、住職様の交代、結婚、本堂の立て替えなどお寺の大きな出来事に合わせて、仏具を整えるということもよくあります。
それもまた問題になっていますが、ほとんどのお寺では10年に一度くらいは大きな出費があることになります。
仏具業界全体が下火になっているとはいえ、一般の方にはあまり目の触れないところで、 たくさんの仏具が売り買いされていることを知りました。
面接というより、採用後の新人研修にも近い話を聞かせてもらいました。
後に、採用の連絡をいただくことになります。
仏具店の営業マンとして
人生初の営業
仏具の事はもちろんですが、社長の鞄持ちをしながら、営業という仕事のイロハを教わりました。
それまで営業職のイメージを大きく勘違いしていることを知りました。
このことは僕にとって大きな財産です。
手を動かしてものを作る、汗をかいてサービスを提供する、それが仕事だと思っていたものですから、誰かが作ったものを横流しして利益を得る営業職というのは、どうしても卑しい商売に見えていたのです。
しかし、お客様からみれば、営業マンこそが理解者であり、頼む相手であるのです。
仏具の勉強
仏教を学びたいと思ったのはもう少し後の話で、まずは取り扱っている仏具の勉強が必要でした。
今思えば、特に最初のうちは勉強と呼べるほど難しいことではなく、仏具の名前を覚えるだけでも大変でした。
商品知識にあわせて、木工、漆、金箔、彩色、鍍金(めっき)等の職人技術についても学ぶ事になりました。
仏教に近づく
意外かもしれませんが、仏壇、仏具の営業マンや販売店員が仏教にも精通しているかというと、意外とそうでもなかったりします。
住宅の営業、車の営業も、それぞれの業界の話を聞けば、そういうものらしいです。技術者のように中身を知っているわけではないのです。
今でこそ、「ベネフィット」という言葉が一般的にも使われるようになりましたが、当時はそういう言い方もありませんでした。
僕は、新しい仏具をいれることで、お客様(主にお寺)がどう変わるか、どのような良い影響をもたらすかということを勉強する事よりも、仏教そのものに興味が向いていきました。普通の営業マンが勉強するべき事は前者です。
念珠を持つ
お寺参り
一人で営業に回る様になった頃の話です。
ある日、飛び込み営業をしたあるお寺で呼び止められました。
上がるように勧めてくださいましたので、玄関で靴を脱ぎました。
応接間に向かうまでもなく「あんた、なんか忘れてないかい?」と言われたのです。
ただでさえ新米営業で緊張しているところに、それはもう心臓が止まりそうでした。
今来たばかりなのに、何の粗相があったのか自分でも全く分かりません。
そのまま住職様は、だまって本堂に向かい、ご本尊に向かって手を合わせることを教えてくれたのでした。
先祖供養に準ずるようなことは、子どもの頃から親と一緒にした記憶はありますが、何のためでもなく純粋にお寺参りをしたという経験は、これが初めてでした。
いや、純粋だったかどうかは別として・・
一つ付け加えるならば、そのとき合掌した手には、念珠がかかっていませんでした。
自分の念珠
会社に戻ってそのようなことが営業先であったことを話すと、社長が使わずにしまってあった一連の念珠をもらいました。
「あんな事件」に備えて、いつでもカバンに念珠を持ち歩くようになりました。
※写真はイメージで、当時使っていたものではありません。
食事の前には「いただきます」、他人の家にあがる時には「お邪魔します」と言うのが当たり前であるように、お寺に行くとご本尊をお参りしないとなんだか気持ち悪いと思い始めたのもこの頃からです。
信仰心などという高級な志向ではなく、単純に仏様にも挨拶したいという感覚です。
念珠って切れるんだ
今でも修理する念珠の話なんかでよく聞きますが、念珠が切れるというのは一般的には一大事です。
滅多にないことが、よりによってお通夜の日に切れたりするものですから、慌てたりします。
冷静に考えたら、静かにしまってあるものが自然に切れることはあまりないですし、日頃は目も向けないものをたまに使うから「よりによって」というタイミングで切れるだけなのですが・・。
毎日営業に回りながら同じものを持ち歩くと、意外と短い期間で念珠が切れるということを知りました。
初めは、念珠の仕立てが出来る業者に送って直してもらいましたが、たいしたことじゃないのに、時間も費用もかかる。
見る限り、自分でもできそうだなと思ったのです。
ところが、念珠の作り方がまとまっている本などなく、教えてくれるところもありません。
かろうじて、極々簡単な結び方、玉の通し方は何人かの方に教えていただくことができ、そのアレンジで少しずつレパートリーも増えていきました。
そんなことがきっかけで、仏具の営業の傍ら、念珠を持つこと、作ることの面白さを覚えていきました。
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この連投も後半戦になりました。
その5では、仏具営業をしながら自分の中で起きていた、葛藤と終焉について書いていきます。