春の浜辺で往生の素懐を遂げる

北海道と一括りに言ってもなにせ広いもので、気候は場所によってずいぶん違いますが、ここ江別、または道央圏の話をすれば、例年に比べて驚くほど雪が少なく、いつもより春が早かったという印象です。昨日は片道3時間弱のドライブで地方のお寺まで打ち合わせに行ってきたのですが、山間に入ると、除雪された道路こそ解けていますが、日陰の谷間にはまだ腰ほど積もった雪が残っていました。

こちらのお寺は、前職の時代も含めて10年ほど前からお付き合いがあり、住職さんのみならず、責任役員のWさんにも食事に連れて行ってもらったり、お酒を御馳走になったりしたものです。時々、お寺に用事があって寄るたびに、「Wさん元気にしてますか?」ということは毎回話題になっていました。「うちの寺も、あとは巻障子(まきしょうじ)が入ればなぁ・・」とよく言っていたのを覚えています。

浄土真宗各派のお寺の本堂には、巻障子という大きな折れ戸があり、建具としての意味もありますが、それはそれは結構な費用の掛かる仏具でもあります。
このたびは、予算の目途が立ち、うちの方でそういう大きな仕事をさせていただいており、昨日は、細かい部分の確認、打ち合わせが必要だったため行ったわけです。
必要な打ち合わせも一通り終わり、「きっとWさんも念願叶って喜んでいるでしょう!」と話をしようとした時でした。「一番頑張ってくれたWさんも亡くなったしな・・・」ということをお聞きしました。

あぁ、こんなことって。

Wさんは、毎朝ストーブをつけては隠居部屋が温まるまで、裏の浜辺を眺めるのが日課だったそうです。先日も、いつも通り元気に目覚め、ストーブをつけ、裏の浜辺に出たところで急に倒れてしまい、すぐに病院に運ばれたものの・・・ということでした。ついこの前まで、「おれぁ、苦しまないで元気なまんま、ぽっくりいきてーな。」「どんなご縁に合うかわからん、そんなうまいこといくかい!」なんて、冗談話をしていたそうです。良くも悪くも本当にその通りになってしまいました。

巻障子の図面を眺めながら、住職さんにしても、もちろん僕も、「見せたかったなぁ」という言葉が自然と漏れました。それでも、「そうか、巻障子入るか!良かった、良かった」という話をしていたそうで、なんだか喜んでいる顔がリアルに浮かんできます。

完成したら、Wさん何ていうだろう。
「おまえ、もうちょっと早く話持ってくれば、おれも見れたべぁ!」って言うだろうなきっと。

いつのまにか自分も、こういうことにも出遇って行かなければいけない年齢になってきたのだなということを、改めて教えていただいたことです。

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※巻障子のイメージ